「……甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ」
聞こえてきた声は、ゆったりとした、艶のあるものではなかった。
けれどそこにいるのは、あの女。
冷たい表情で、自分を一瞥する。
「アンタの居場所はここじゃないわ。来なさい」
「……っ!」
「来なさいって言ってんのよ! 聞こえないの!?」
もう一度、平手で頬を叩かれる。
ヒューと、口笛が客間を通り抜けた。
「たくましい奥さんですなぁ」
「さゆり」
「どうせ用はないんでしょ。あたしの好きにしてもいいわよね」
「ああ」
腕を引っ張られ、まるで捕虜のように歩かされる。
ここに、自分の家族はもういない。
自分はこれからどうなるのか……考えるのはもういい。
己の情けなさと無力さを、嘆くだけなのだから……。