「それは良かったです。
…ふむ、キョウくんにはこういう風に見えているのですねえ」
「え?」
「ふふ、こちらの話ですよ。ところで、お名前を伺っても?」
「あっ、えっと、堀 菜々瀬(ほり ななせ)です」
「菜々瀬さん、ですね。よろしければまたお店にいらしてください。
芹さんと一緒に、お客さまとして。歓迎しますよ」
「絶対来ます!!」
キョウのこともあり、返答に力が入る。
ここで、はたと気がついた。
「あの、どうして芹の名前…?」
「先程ご自分で名乗られたのですよ。
何というか…ああ、そうです。口説かれまして」
「くどっ?!」
迷惑をかけながら、まったく何をしているのか。
我が友人ながら呆れたものだ。
「着替えました。制服、お願いします」
響いたキョウの声にびくりと肩が跳ねる。
戻って来た彼は私服に着替えていて、
初めて会った時とも先程とも雰囲気が違っていた。
モノトーンにシルバーのアクセサリが目立つ、
シンプルなコーディネート。
「かっこいい…」
ぽそりと口から洩れていたことには気がつかなくて。
マスターとキョウの視線を浴び、顔が赤くなる。
「キョウくん、褒められていますよ」
「…ども」
照れるでも笑うでもなく、ただの返事という感じで頭を下げたキョウ。
それもそうだ。あのルックスなのだから言われて慣れているだろう。
「せっ、せせせ芹起きませんね…!
すみません、起こして帰りますから!!」
慌てて立ち上がり、芹に駆け寄って思い切り身体を揺らす。
「芹!! 芹起きて!! 帰ろう!! ね!?」
「…ぶふっ」
後ろから聞こえた吹き出すような笑い声は、マスターのものではない。
あの日からずっと焦がれていた、彼のもの。
「…っくっく…」
押し殺したように笑い続けながらも顔を隠しているから、
表情は見えない。
「おやおや、キョウくんがこんなに笑うなんて珍しいですねえ」
「いやっ、だって…百面相…」
顔を隠す腕の隙間から、ちらりと一瞬だけ見えたその表情。
無表情でも愛想笑いでもない。
屈託のない無邪気な表情。
―わたしは、同じ人に二度、恋をしたの。
―side KYOUHEI―
「へえ、キョウがそんなに笑うなんて珍しい」
「ですよねえ。私もびっくりしまして」
「…二人、うるさい」
今日はケンが飲みに来ている。
マスターと先日の「キョウ爆笑事件」について語り合っていて居心地が悪い。
他に客もいないため、無心で店内を掃除して必死に逃げている。
「まあ、笑われた女の子は気の毒だけどな!」
「いえ、それがそうでもないようで。
キョウくんの笑顔に見惚れていましたから」
「あー、そういうあれか。キョウ、泣かせんなよー?」
「うるさいって」
「キョウくんはクールですねえ」
「マスターまでからかわないでください」
ただでさえケンには勝てないし、
マスターにも懐柔されているというのに。
この二人にタッグを組まれるとまるで勝ち目がない。
「ちーっす!マスター、お世話んなってます!」
「おー、ケンゾーじゃん!久しぶり!」
「ケンさん!! お久しぶりっす!元気っすか?」
「元気元気。おまえ変わんねーなあ」
「うお!キョウさんすっかりバーテンっすね!」
また騒がしいのが増えた、と頭を抱えるキョウ。
「ふふ、賑やかで楽しいですね。キョウくん」
「…まあ、悪くないですね」
何だかんだと文句を言いつつ楽しんでいたことも、
マスターにはお見通しだったようだ。
「そうだ、せっかく楽しい集まりになりましたから、
今日は店も閉めてしまいましょうか」
「「え?!」」
「キョウくん、入口の看板を"貸切"にしてきてください」
「え…でも、いいんですか?」
「はい。今日は仕事は忘れて楽しみましょう。
皆さんを見ていたら私も飲みたくなりました」
「マスターおっとこまえ~!!」
「…じゃあ、行ってきます」
入口に足を向けるキョウの表情は、笑顔だった。
―・・・
「…カオスかよ」
早2時間、キョウ以外はみんな泥酔状態。
「ケン!おまえ弱いんだからあんま飲むなって」
「ざんね~ん、もう飲んでま~す!」
焼酎の瓶を掲げるケンの顔は真っ赤で、
あまり呂律も回っていない。
「マスターまで潰れてどうすんですか」
「……」
「…返事がない。ただの屍のようだ。ってやつか、これ」
どうやらマスターは酔うと寝るらしい。
身体を揺すってみても全くの無反応だ。
「え~い!」
「うわっ…何すんだケンゾー!!」
顔面にビールをかけられた。
「ケンさんにも、え~い!」
「やめろよ~!」
きゃっきゃとじゃれ合っているケンとケンゾー。
「…まったく、誰が後始末すんだよ、これ…」
仮にもここはバーであり、店。
自分の職場。
雇い主は早々に潰れて寝てしまった。
本当に4人しかいなかったのかと疑いたくなるような所にまで、
空き瓶やらグラスやら、おつまみが乗せられていた皿が散乱している。
「キョウ~、もっと飲めよお。俺ばっか酔って寂しいじゃんかー!」
「いや、十分飲んでるし…」
「キョウさ~ん、ノリ悪いっすよ!ほら、飲んで飲んで!!」
「ばっ、やめ…!」
それでも一番「ナイ」のは、
この状況を面倒だと思いつつも楽しんでいる自分だと思った。
―side NANASE―
「えっ?! あのバーの店員が?!」
「うん…」
「あのクールなイケメン?!」
「うん、そう…」
週に一回、芹と講義が被る日。
あえて話すことでもないだろうと、
あの日のバーでのことには触れずにいた。
けれど芹が「あの日のバーに飲みに行こう」と言うものだから、
うっかり表情に出てしまい。
芹に問い詰められては勝てないと、全てを白状した。
「へえ~…あたしあの日の記憶あんまり無いからなあ…
イケメンだったのは覚えてるけど顔覚えてない…」
「芹、マスターにべったりだったし」
「あ、そうそう!あたし、あのマスター狙うから!!」
「えぇ?!」