『―に発生したこの事件、時効がもうすぐとなりました』

『かわいそうにねえ。犯人、まだ捕まってないんでしょ』

『当時この兄妹は、まだ12歳と9歳だったそうです』

『気の毒にねえ…強く生きていてほしいですね』


こんな声が、テレビから聞こえる。

もう聞き飽きた言葉達。

かわいそう?

冗談じゃない。

ぶつりとテレビを消し、叫んだ。

誰も居ないけど、それでも。


「遺族はいつまで"遺族"なの?!」






「なんか最近この貼り紙増えてない?」

「あー、なんかそれ時効近いんでしょ?」

「え、まだ犯人捕まってないんだ?!」

「うん、なんか逃亡中らしいよ」


街中で聞こえた声。

フードの隙間からちらりと見遣ると、そこには自分の父親の顔。


「早く捕まるといいね~」

「ほんとだよね~」







―ああ。

本当に、そう思う。



「…絶対見つけてやる、親父」






―side KYOUHEI―



「キョウ、起きろー」

「…やだ」

「やだじゃないから」


無理矢理布団を剥がされると、日光に目が眩む。


「…俺は夜型なんだよ…」

「今は仕事してないだろ。早く仕事見つけてこい、ニート」

「…ケン、冷たい」

「"働かざる者食うべからず"が志島(しじま)家の方針なんでな」


親友、志島 賢(しじま けん)はというと、
「さて、天気いいから布団干すか」と主夫のようなことを言っている。

そんな彼の背中を見つめ、一度目を閉じて息を吐き、身体を起こした。


「朝飯何」

「うん、もう昼飯な」

「…昼飯何」

「ホットケーキ」

「アイス添えて」

「はいはい」








黒いパーカを羽織り、フードを被った。


「んじゃ、出かけてくる」

「お、仕事探す気になったか」

「んー、どっちにしろ今日紹介してもらう約束だったっつか」

「またホストか…」

「次はバーテンだってよ」

「ああ、まあそれなら…」

「晩飯は食うから」

「りょーかい。いってら」

「ん」


ご丁寧に玄関まで見送ってくれたケンに手を振り家を出る。

向かうのは、昔から馴染みの場所だ。


「いらっしゃ…お、キョウ!久しぶりだな!

あいっかわらずパーカ着てんのか、暑苦しいなあ」

「よ、マスター。老けたな」

「うるせ! もう来てるぞ」






「ん。ありがと」


「いつものな」という一言と共にひらりと手を振り、
店の奥のボックス席に向かう。

だだっ広い、カフェには不釣り合いな宴会向けの席。


「キョウさん!お久しぶりっす!」

「ん。急に悪いな」

「いや、別にいいっすよ!でも…あの仕事だめでした?」

「だめっつか…ナンバーワンにキレられて」

「ああ…なるほど、やっぱりっすか。

でも次は大丈夫っす!完全実力主義のバーっすから!

キョウさん、酒作るの得意でしたよね!」

「嗜む程度。ケンのがうまいよ」

「まったくの初心者でもいいって言ってたんで、

キョウさんなら即戦力として重宝されるっすよ!」

「だといいけど」


昔の後輩、ケンゾー。

当時は高校生だったが、
今は人脈を活かしてこの街で何かの商売をやっているらしい。

「褒められた仕事じゃないっすから!」と、詳細は教えてくれなかった。






「で、場所なんすけど」


ケンゾーはごそごそとバッグを漁り、一枚の紙と名刺を取り出した。


「はいっ、地図書いてみました!ちょっと入り組んでるっすけど、

隠れ家的バーって評判はいいんすよ。で、これマスターの名刺」


黒地に白い文字の名刺には、


「…芹沢(せりざわ)?」

「はい!マスター、苗字しか公表してないんす。不思議っすよね!

理由は聞いても教えてくんないんすけど。

ちょっと癖あるけどいい人っすよ。あのサキさんを手懐けた人っすから!」


―「サキ」


「…サキもここで働いてたの?」


それは、懐かしい友人の名前。






「はい!かなり前っすけど、俺が紹介したんす。

ちょっと前に「辞めた、ごめんね」って連絡来てましたけど。

今は別のことやってるらしいっすよ?マスターの勧めで」

「…あのサキが人の言うこと聞くとか…」

「信じられないっすよね!俺もありえないと思ったっす」


サキを一言で喩えると、ケン曰く「大人しい暴れ馬」。

意味が解らないと思われるだろうが、
当時のサキを知る者は口を揃えて「ああ…」と頷く。


「…あいつ、元気でやってんの?」

「さあ…俺も何してるかは知らないんすよ。

サキさん、基本連絡取れませんし。マスターもいずれわかるーって。

キョウさんとかケンさんとか、連絡取ってないんすか?

お二人なら取ろうと思えば取れるっしょ」

「…ケンとはずっと一緒にいるけど、サキとはあれっきり。

なんかみんなバタバタしてたし、連絡しようとも思わなかった」

「あー、まあ…あそこ抜けて社会に出ようとしたら、色々大変っすよね。

俺も落ちついて商売できるようになったの最近だし」






「…もう3年経つんだよなあ」

「キョウさんが抜けてからは4年目っすよ。今年22っしょ?」

「ああ…俺1歳サバ読んでた?」

「もー、しっかりしてくださいよ!」

「わり、俺自分のこと興味無さ過ぎて」

「ほんと相変わらずっすね…」

「よーう悪ガキ共、ご注文の品と…これサービスな!」

「おーっ!マスター太っ腹!」


ケンゾーの溜息と共にマスターが持って来たのは、
ケンゾーが注文したのであろうカプチーノと、
キョウが頼んだココア(生クリーム、マシュマロトッピング)、
それと、サービスというドーナツ。


「まあ試作品なんだけどよ、感想聞かせてくれや」

「うまい」

「キョウさん食うのはやっ!」

「はっは!キョウは甘党だからなあ」