しまったと思って、男が倒れる前に身体を支えた。

「―――」

 俺は男の重みに違和感を感じた。

「お父さん」

 急に声がして、部屋のふすまが開き、母が顔を覗かせた。

「あら、翔太。丁度いいわ、おじいちゃんの体拭くから手伝って」

 俺は母に向き直って反論する。

「お客さんが帰ってからでもいいだろ?」

「なに言ってるのよ」

 俺は母の声の調子から、恐ろしいことを確信して、バッと背後を振り返った。

 畳の上に写真だけが散らばっていた。

「翔太」

 祖父が目を閉じたまま言葉を発した。

「じいちゃん」

 俺は恐怖の余韻を引きずったまま、言った。祖父までも、ふっと消えてしまいそうな気になって怖くなる。

「夢を見ていたよ。なんだか、とても気持ちがいい夢だった」

 祖父は弱弱しく息を吐き出しながら、枯れた声でしゃべり始めた。

「夢の中で俺は、温かい大地にねっころがったまま、ゆっくりと動く雲を眺めていたんだ。そのうち、不思議なことに、動いてるのは雲なのか、それとも大地なのか分からなくなってきてな。身体を起こして、大地の端まで見に行ったんだ。そうしたら、やはり、動いてるのは大地のほうだった。大地は、動く巨人だった」

 母は「そうですかぁ」と笑いながら調子を合わせた。

 畳の部屋は、すっかりいつもの雰囲気に戻っていた。

 ただ横になった祖父だけは、いつもより影が掛かり、一段と黒く見えていた。