俺は学校が終わるとすぐに帰宅し、祖父の部屋に駆け込んだ。

 スーっと、ふすまを開ける。

 独特のにおいが鼻を突いた。

 いつもなら、寂れた夕日がたたみの部屋を照らして、寝たきりの祖父と布団に黒い影を作っているのに、今日はまったく違っていた。

 祖父の枕元に男が立っている。

 生命力の乏しい祖父の傍で、男の存在感は異様だった。

 和服から出た手と足は太く、顔に刻まれた皺はまだそれほど深くない。

 短い髪ではっきりと表情が見て取れる。

 まだ人生の半分ほども生きていないだろうに、その存在感は圧倒的で近寄りがたい。

「翔太か」

 男の足元から、寝たままの姿勢で祖父が声を発した。

「うん、ただいま」

 男は大木が歩くように、悠然とこちらへ歩いてくる。

 まるで何百年、いや何万年も昔から生きているような植物に接したときに感じる畏敬の気持ちさえ、俺は男に対して感じていた。

「狩野翔太。成績優秀、品行方正、まさに絵に描いたような少年だって?」

 風が木の空洞を通るような声だった。

「あなたは…」

 不思議な目をしていた。

 その目を見ていると、俺と男の間にあった空気の違いさえも気にならなくなった。俺の心のすべてが見透かされているような気にさえなってくる。

「君のおじいさんに世話になったから。お礼に何かできないかと思ってね。もちろん、君にも」

 男は俺の肩をがっしりと掴んで、節くれだった指にギリギリと力をこめた。

「は、はなせ!」

 俺は堪らなくなって男の手を無理やり振り払うと、背を向けて部屋から飛び出した。