小学生の頃の家族の記憶は、ほとんどない。

 両親の言い争う声ばかりが、どこか遠くで響いていたように思う。

 中学に上がる頃には、二人は喧嘩さえもしなくなっていた。

 そんな時に連れて行かれた家族旅行の植物園の思い出は、両親の罪悪感を間近で感じながらのものになった。

 彼女の恵が、どこにいても目を引き、誰とでも自然に仲良くなれてしまうのに対し、妹の結衣はあまり目立たないおっとりとした性格だった。

 家にいれば結衣を両親からかばわなければいけない。結衣の大切さを感じるほどに、その存在は俺にとって億劫になっていった。

 高校に上がるとすぐ、俺は逃げるように、同じ市内にある祖父の家で暮らすようになった。

 祖父は厳しい人だったが、器量が深く、少なくとも父より、俺にはかっこよくみえていた。

 結衣が俺と同じ高校に入ると知ったときは、複雑な気持ちになったが、高校の入学式の日、はじめて校舎ですれ違った結衣は、まったく別人のようで、すでに俺の知っている少女ではなくなっていた。

 ほどなくして祖父が倒れた。

 入退院を繰り返した結果、寝たきり状態の祖父を、家族全員で世話できるように今は家族五人で住んでいる。

 すると自然に、家族をつなぎとめておくのが、俺の役割になった。

 母と父の間に立ち、また妹と母、妹と父の間にも立った。

 俺は恵の前だけでなく、家族の前でも理想の兄、理想の息子の役を演じなければならなくなった。