気づけば、家にいた。

ベッドにいたままだった。

夢ではなかった。

あんなに鮮明に見え、そして聞こえる夢なんてない。

人並みにしたいには免疫があると思っていた。

過大評価しすぎたようだ。

次の瞬間には既に、トイレに籠っていた。

今更ながら、本物の死体なんて見たことない事に気づく。

吐き続けた。

とは言っても何もでては来ない。

胃液のような物が、喉を這いあがり口から流れ出るだけであった。

喉が焼けるように熱く、下には苦味が残る。

こんなに吐き続けたことはない。

体中から全ての水分が抜けるんじゃないかってくらい吐き続けた。

お腹につっかえ棒をされたみたいに、不快感が残る。

そのおかげか、少しずつ落ち着いてきた。

ゆっくりと立ち上がると、目がぐるぐる回る。

頭が痛い。

とりあえず、トイレから出るとハヤテが壁に寄りかかって立っていた。

私の顔を見たハヤテは、ふにゃりといつも通りに微笑んだ。


ずくんっ。


「…?」

「落ち着いた~?一回寝た方がいいよ~。」

「うん…。」


胸が一瞬飛び跳ねた気がした。

でも、次には何事もなく心臓は動いている。

それにしても、だ。

ハヤテはいつもこんなことしないのにな…。

大体、私を心配してくるのはマシューな訳で。

ハヤテはどちらかと言うと、気が利かない部類の気がする…

ひょいと足が宙に浮く。

何事かと思って見ると、ハヤテが私のことを抱きかかえていた。

騒いだり皮肉を言ったりするほど体力も残っていないので、私は大人しく運ばれた。

特に、胸は高鳴らない。

やっぱり病気なんだろうか…

私の部屋に入り、ベッドに優しく降ろされた。

布団を口元までかけられる。

途端に、疲労のせいか睡魔が私を襲った。

目を閉じる寸前、ハヤテの口が何かを呟くように動いたように見えた。



*:*:*:*:*


今の状態はなんと言えばいいだろうか。

率直に言うと、空に浮かんで二人の子供を眺めてる。

私の体はどんなに探しても見えない。

これは夢なんだと気づいた。

小さい男の子と女の子がブランコに乗って話している。

ここからじゃよく聞こえない。

さすがに夢の中じゃ千里眼は使えないらしい。

私はその二人に近づこうと透明な体で虚空を足掻いた。

少しずつ、会話の内容が聞こえてくる。


「…は将来、何になるの?」


男の子が女の子にそう聞いた。

すると女の子は自信満々に


「私は将来大きなお家に住みたい!!」


そう答えた。


「…は何になりたいの?」


相手に私のことは見えていないらしい。

結構近い距離にいるのに、こちらには目も向けない。

そして、肝心の名前が聞こえない。

これじゃあ、誰が誰なんだか全く分からない。


「僕は、政治家になってこの国を変えたい。」


男の子は自信なさげにそう答えた。

説教された後の子犬みたいに眉尻が下がっている。

女の子は当たり前のようにこう切り返した。


「どうして?今のままでもいいじゃない。」

「よっよくないよ!!

だって人が死んでるのに、皆どうして何も思わないの?」


この男の子、なかなか分かってる。

ちゃんと核を持ってる。

大丈夫、君はいい政治家になれそうだよ。

届かない言葉を頭の中に並べる。

女の子はちょっと怒り気味に言い返す。


「これが世界の流れなんだよ?」

「わッ分かってるよ!!そんなの!!」


子供のくせに可愛くないこと言うな~…

それに、この二人どちらもそれなりに顔が整っている。

小さい頃からの美形っていいな、羨ましい…


「栞(シオリ)はもうちょっと夢を見た方がいいよ。」

「疾風(ハヤテ)こそ、もうちょっと現実見た方がいいんじゃないの?」


女の子は栞。男の子は疾風。

ん?疾風?ってあの、ハヤテ?

言われてみれば、確かにハヤテの面影が残っている。

似ている気がしないでもない。

じゃあ、シオリと呼ばれたあの女の子は?





意識が途絶えた。