自分以外に人は居ず、他の無用な音も聞こえることはなく、ここにいると騒いでいた心が落ち着く。



亮人は膝に弁当を置くと、ゆっくりと風呂敷の結び目を解き広げた。



風呂敷には黒い二段重ねの弁当箱が包まれていて、亮人は箸を取ると蓋を開け、昼食を食べ始める。



黙々と、アカジソのふりかけがかけられた白ご飯を口に運びながら、亮人は青空に小百合の姿を重ねていた。



恋をしたことのない亮人にとって、小百合は、初恋の人だった。



(いつから、倉井と付き合ってたんだろ。俺が先に告白したら、良かったのかな)



女々しいな、と苦笑いして亮人は独り言を発し、形のいい卵焼きをつまむと口の中に運んだ。



亮人の弁当は、毎日、三歳年上の料理好きな姉の手作りだ。



中庭に香る新緑の匂いや、涼しいような肌寒いような風を身に受けながら、亮人は静かな中庭で、昼食を続ける――。



弁当箱の、約半分のおかずとご飯を食べ終えた亮人は、不意に顔を上げた。



どこからか声が聞こえる。



「…よ、ひど…なに…わたしは…」



「まっ…ぼくは…かつも…」



「…らない…!」



その声は言い争っているように亮人には聞いて取れた。



思わず、顔をしかめる。



言い合いをする二つの声に、心覚えがあった。