(いっつもからかいやがって。…俺はさ、確かに河下が好きだよ。でも…)



亮人は苦々しく舌打ちをして、弁当を手に階段を下りた。



祐輝は、亮人が小百合を好きだということを知っているごく少数の人間であり、いつも彼をからかっていた。



悪意ではなくほんの悪戯心なのだろうが、祐輝にからかわれるたび、亮人は無性に悔しさを感じていた。



(どうせ、俺の恋とやらは叶わねえよ)



一階につき下駄箱から下ろした靴を履きながら、今日何度目かもわからないため息を吐く。



靴を履き終えると、亮人は中庭に続く一つの扉から、外に出た。









中庭には、三月の色とりどりの花が咲き誇っていた。



白い鈴蘭水仙や紫の菫、花壇の端には黄色いタンポポがひっそりと咲いていて、それらの花は厳しい冬が過ぎて暖かい春がやってくることを告げている。



ふと空を見上げると、穏やかに雲が流れ、ときどき隙間から鮮やかな青が覗く。



太陽が中庭に差していて、もう春か、と声に出さず呟くと、爽やかな風を感じたような気がした。



中庭の中央には、ひっきりなしに水を噴き出す噴水が佇んでおり、日の光を受けて、水は眩しいほどに輝いていた。



(…もうそろそろ進級だな。俺も大学組か就職組か、早く決めねえと…)



噴水が一番美しく見えるベンチに腰を下ろすと、亮人は何気なく周りに視線を送る。



中庭に亮人以外の人影はなく、水が噴き出す音以外は聞こえず、一種の閉ざされた空間のように思えた。



亮人は、この空間が好きだった。