(…え……かえ……)
ーーーーーー優しい声がする…
その声はなんだか懐かしくて、思わず再び深く寝入りそうになる。
もう少しだけ…このままで…
(えで……かえで…)
かえで…?あぁ、それは確か私の名だった。
遠い意識のなかで聞こえていたその声はやがて明瞭なものとなり…
『楓』
うすらと目をあけるとぼやける視界いっぱいに一人の青年がうつる。
何度か瞬きをしピントを合わせる。すると目の前の彼の顔が驚くほど近いことに気付き思わず後退りそうになる。が、それは硬いベッドが軋むだけだった。
「あの…近い…んですが…」
ずいぶん長く発していない気がする自分の声は驚くほど掠れていた。
そんなことを気に求めない目の前の青年は私の前から体を退かせた。
『…とりあえず目が覚めたようだから医者を呼んできます。君はそこでじっとしててください。』
そんな言葉だけ残して私の視界には天井にある二本の蛍光灯のみがうつった。
言われなくてもじっとしてることしかできないし……体はやけに重くて、やっとの思いで動かせた人差し指と中指はシーツに皺をつくるので精一杯。
とりあえずもういちど目を閉じて彼の帰りをまとうと思っていると、思いがけない早さで彼は戻ってきた。
少しだけ首を右に向かせる。…今の私にはこれが限界。すると青年の隣には、背の高めな男性が立っている。まんまる眼鏡にくせのある髪、あまり綺麗とはいえない白衣に身を包んだ…いかにも医者です、と主張するお医者さま。
「具合はどう?」
…この状況でよさそうにみえます?…なんて心の中で悪態をついてみる。
「えっ…と…悪くは…」
『見てわかるでしょう、よくないことくらい』
私の心の中を代弁するかのように口を開いた青年は呆れた顔である。
しかし…先程見たときは余裕がなかったが、今みると青年はずいぶん整った顔をしていた。白い肌に黒い髪がよく映える。襟足の部分だけ伸びた髪は毛先が外側にはね、ふわふわとした髪質であることがわかる。手足は骨しかないんじゃないかってくらい細くて…今にも折れてしまいそう。かっこいいとかそんなんじゃないけど…彼の纏う儚げな雰囲気は不思議と惹き付けられた。
『……なんですか、その珍しいものをみるような目は』
「……あ…いえ…」あなたをを観察してました。スミマセン。
「とりあえず、起き上がれる?ゆっくりでいいから」
無精髭を汚く切り揃えた医者は私の背中にそっと左腕をまわし上半身を持ち上げる。
体が重くて力が入らないからすべてその腕に体重をかけてしまう。大変申し訳ない。
もたもたとしていると痺れを切らしたのか青年が近づいてくる。
『そんなことしてないで、こうしたほうが早いです』
すると男の子の腕が私の手首を掴んだ。その瞬間ーー