「ありがとうなぁ、またおいでなぁ」

人の良さげな笑みを浮かべ私を見送ってくれるのは、先程まで団子を食べていた茶屋の看板娘。

「…また、来ます」

ぺこりと頭を下げ、どことなく歩き出した。



………それにしても、美味しかったな。

お団子。

皐月にも、買って行ってあげても良かったかも…

そんなことを考え、すぐにやめた。

皐月に買っていけばあの貼り付けた笑みのまま、永遠に嫌味…?を言われ続けるだろう。

いや、絶対そうだ。

私の勘と経験がそう告げている。

そう、思っていたとき、


ふわりと



空から白い花が降ってきた。

「わぁぁぁぁぁ!!!!!

雪だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

近くの子供がはしゃぎだす。

「雪…」

ふわりと手に降り立ち、すぐに溶けて、消えてしまう。

…人の命によく似ていると、どこか他人事で考える。

確かにあるのに、儚く、すぐに消えてしまう…

「あぁ…あの日も、降ってたね…」

あの、悪夢のような村から逃げ出した日も、雪は降っていた。

あの日までは、大好きだった。

母様と父様と一緒に過ごしていた頃は、大好きだった…

そのとき、体から力が抜けるような、そんな感覚がしてふらりと、体が崩れる……

はずだった。

「…大丈夫ですか?」

柔らかい、声だった。

私の体を支えたのは、見ず知らずの1人の男。

微かな笑みを浮かべ、私を支えていた。

「…ぁ、大丈夫…です。」

そっと、支えられた腕から脱け出そうとした

が、ふらりとまた体がよろめいた。

「大丈夫じゃないみたいですね。少し休んだほうがいいと思いますよ。」

そして、男は私を支えながら壬生寺まで私を運んでくれた。

「あ、ありがとうございます…」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。」

にっこりと笑ったまま、そう言った。

「そ…うですか…」

私はただ、視線を落とし彼が立ち去るのを待った。

「そういえば、貴女のお名前はなんなんですか?」

…立ち去らなかった…

名前…

私の…

…名前…

「雪乃…と、いいます。」

「そうですか…とても素敵な名前ですね。」

そう言われた。

「…ッ」

素敵な『名前』

そんなこと…ない…

『私』には似合わない…

『私』なんかには…

「君によく、似合う名前だと思いますね」






「え………?」






その一言が私の思考を。

固まった、凍りついていた私の考えを。

溶かしていった。

「君の…雪乃さんのこの綺麗な髪を見て、名付けられたんでしょうね。」

穏やかに笑いながら話す男。

綺麗…?

私の…髪が…?

「とても綺麗…って、どうしたんですか?!」

「え?」

突然驚きだした男。

「なにがですか?」

「泣くほど嫌でした?!」

泣く…?

ぽとりと、生温かいなにかが手に落ちた。

泣いてる…?

そう感じた途端溢れ出す涙。

「わ、す、すみません!俺のせいですよね?すみま…」

「わから…ないんです。」

「え?」

きょとんとこちらを見る男。

ここまで自分の心を人に告げたことがあっただろうか?

全てを、人に告げたことがあっただろうか…

「わからないんです。

悲しくはないんです。逆に嬉しいんです。

母様と父様につけていただいたこの名前を褒めてもらえたこと。

この髪を綺麗だと言われたこと。

とても嬉しいんです。

なのに、涙が出るんです。

なぜなんでしょう。

私は、おかしいです。おかしいんです。

嬉しいのに涙が出るなんて…」

男は最初は驚いていたものの、また穏やかな笑顔に戻り、そっと髪を撫でてくれた。

「大丈夫ですよ。おかしくなんかないですから。」

その言葉になぜか安心していた。

その、撫でてくれている手に安心した。

なぜか、私はこの男のことを、

この男の存在が、

とても安心するものになっていた。

なぜかは…どうしても、わからないけれど…