母は、涙を一杯流して…
それから…大きないびきをかいたかと思うと
それから意識を失い、倒れた。
声を殺してたんじゃない。
もう、声も出ない状態だった…
その日、長い時間かけた手術の甲斐もなく
母は、この世を去った…
お通夜の日…ハルは
仕事先のトラックで、作業着のまま、かけつけてくれた。
何も言わず、ただ、ただ肩を震わせ泣きじゃくる私のそばで、手を握ってくれてた。
私は、二年前にハルがお母さんの死のこと話してくれた事を思い出した。
枯れ葉の舞う、あの公園で…
「あゆは、おかんに似てるとこがあって、…なんか嬉しい」
ハルのお母さんに似てる…ハルのその言葉が、嬉しかった。ハルと私が、すごく近い距離にいるようで。
18歳でお母さんを亡くしたハル…
その後、たまたま恵美ちゃんが持っていた入学式の写真を見て、お母さんの面影を感じ、私を見つけてくれた。
それからずっと、私のそばで私を支えてくれたハル。
そうして、私も…18歳で母を亡くす。
何か、運命…感じた。
二人の母が巡り会わせてくれた…そんな気もした。生まれてきた時から、巡り会う事が決まってた。
そう…感じてた…
ハルと私は運命の人だって…ずっと。
私は、高校卒業してスーパーの店員として働きだした。
「なんで、販売にした?」
ハルは、私が週末に休みがとれない仕事に決めた事に不満げに、そう口にした。
私は本当は保育士になりたくて、短大に進みたかった。
でも母の入院で、家もお金には余裕がなく進学はあきらめるしかないと思った。
入学の時は進学するつもりだったから、普通科に進学したため進路相談では、事務系は無理だと進路指導の相談で言われた。
私だって、日曜日が休みのところが良かった。
「平日だって、終わるの遅いんだろ。」
ハルが私を責めた。
「だって、仕方ないよ。就職決まっただけでありがたくおもわなきゃって思ってるよ」
「もう…会えなくなるな」
ハルが言った言葉に少し傷ついた私…
仕方ないじゃん…ハルに言われなくても
そんなのわかってる。
「ちゃんと会える時間つくるよ…私だって、つらいんだ」
ハルは
「そうだな。俺がわがままだな…ごめん」
そう言って、私の頭をポンポンって叩いた。
ハルは、私が仕事の研修で通勤に二時間もかかる日には、高速に乗り車で迎えにも来てくれた。
ハルが休みの日曜日の夜、仕事先の店から出たらハルの車が停まっているのを見つけると、本当に嬉しかった。
「早く乗れよ」
私が車に駆け寄り、ハルが中から助手席の扉を開けてくれる。そのなにげない瞬間が私は好きだった。
ハルの彼女は、私なんだって感じられる。
「ありがとう。お腹すいたねー。ご飯、どこに行こうか」
毎週、ご飯を食べる時間しか会えない。
それでも、幸せだった…
ご飯は大体、いつも家の近くまで帰ってきて、同じファミレスに行く。どこに行こうかって、悩んでる時間もなかったから。
たまに、私が友達からの情報で知った、気になる店を提案しても、ハルはめんどくさいようで
「そこは、また、時間ある時にしよう」
そう言って、いつものファミレスに車を止めた。
「行ってみたかったなぁ」
私がそう言っても、言い返す事もなく、少し不機嫌に店の入り口に足早に歩くハル。
いつもの変わりない席につき、変わりのないメニュー表をながめながら、私は少し悲しくなった。
ハルは、私に何を頼むかも聞かないまま、店員を呼んだ。
二人、いつも同じものを頼んで、特に楽しい話しもないけど、その日一日の流れをざっと話す。付き合って三年近くにもなると、お互いの事を聞き合う事もなく話題がない。
「たまには、ハルのアパートに行きたいなぁ」
ご飯を食べたら、もう21時も過ぎてる。
「明日も仕事だろ。これからあゆを送って、帰るだけでも俺は22時すぎるんだから、無理言うな」
私がせがんで、週に二、三回は夜のご飯を一緒に食べた。でも、本当にご飯を食べるだけになってた。
やっぱり、ハルが言った通り…
会えなくなった私達。
あの頃、初めて不安を感じた。
ハルが、
離れてくかもっ…て。
ハルは、私と会えなくなった日曜日は、友達とツーリングに出かけたり、また友達の彼女なんかも交えて、大勢で遊びに行ったりしているみたいだった。
たまにアパートに行ってくつろいでいても、友達から頻繁に電話がかかってくる。
「ちょっとごめん」
ハルは電話の内容を聞かれたくないのか、一人で部屋を出た。
「ふーん」
私は少しすねながら、でもあまり気にせず、何気なく部屋の床に無造作に置かれたアルバムを開いてみる。
私との思い出が、たくさんあると思って…
でもそこには、私の写真はなかった。
すごく、楽しそうなハルの笑顔。
大勢の真ん中で、笑顔で飲み会してる写真。
ツーリングに出かけて、友達と、かっこつけてる写真。
誰…?この子。
ハルが、知らない女の子の肩を抱いてる。
その写真を見て私は、頭が真っ白になり、とっさにアルバムを閉じた。
でも、でも見てみたい。
もう一度、アルバムを開けてみようと思った。
でもその時、ハルが部屋に戻ってくる音がして、開けられなった。
「悪い。もう帰んなきゃいかない時間だな。送る」
え…いきなり、それ?
ハルにそう言われて、
私は…なんだか、自分がハルにとって
必要が、なくなってきたような気がした。
不安な気持ちこらえながら言った。
「うん。ごめんね。
…いつも送ってもらって」
本当は帰りたくないよ。
泊まってけよって、言ってほしい。
でも私は、ハルに何も聞けなかった。
肩を抱いた女の子の事も、不安でいる私の思いも言えないまま、立ち上がった。