「明日、病院いくだろ?学校に迎えに行く」
ハルからの電話。付き合って1ヶ月。
バイクで、学校までいつも迎えにきてくれる。
初めてハルにバイクに乗せてもらった時は、少しこわかった。
「制服なのに、スカート舞っちゃったらどうしよう」
学校の門の前で、待っていてくれたハルから、ヘルメットを渡される。
「大丈夫。あゆのパンツなんて誰も気にしないよ」
私は、ハルのお尻をパンと叩いて言った。
「絶対、転ばないでね。まだ、死にたくないから」
「当たり前だろ。早く、メット被れ」
そう言って、私に手渡したハルのヘルメットを再び手に取り、私に被せてくれた。
ハル自身は、友達から譲ってもらった古いヘルメットを被ってる。
何も言わず、そうしてくれる。
ハルの優しさが、嬉しかった。
それから、毎週のように日曜日になると、山や海に連れていってくれたハル。
風になびかれなから、ハルの体に手をまわす。
「落ちちゃう。こわい」
初めは本当に、バイクの後ろがこわかった。
「大丈夫。しっかり背中に手を回して」
そうして、私はハルの背中に抱きつく。
「ハルの背中、おっきいね」
バイクに乗るたび、背中に大きく手を伸ばし、ハルの後ろの首筋あたりをいつも見つめる。
その首筋に、ドキっとする。
それから、ヘルメットを取るときのハルの仕草が好き。
つむじが普通の人より下の方にある。
そんなハル自身も知らないハルを、一つずつ見つけく。
バイクで風になびかれ、ハルの体にいつも抱きついてた。
少しずつ、少しずつ、
大切な人だと感じ始めてた、あの頃…
どきどき…好きな気持ちが
少しずつ、大きくなってた。
…毎週末、ハルとバイクでのデートが、楽しかった。
でも、バイクで家まで送ってもらう時が、本当に寂しかった。
「あゆはまだ高1なんだから、7時な」
そう言ってバイクから降ろされる。
「中学生じゃないんだから、9時まで」
私が拗ねると
「あゆんち、門限8時って言ってたろ。早く、帰れ」
ハルがすごく冷たく感じる。
私に対しては、いつも厳しいハル。
「私、まだ帰んないから。一人でぶらぶらしてくる」
私の、ハルへの小さな抵抗。
本当は、私が思うよりハルは…私の事を好きじゃないのかもしれないって不安だったんだ。
でも、必ずハルはそう言うと
「風邪引くから、早く帰れっていってんのに」
そう言って、バイクを私の家から少し離れた所に止めた。
少し、離れた場所に停めるのは、バイクの音が響いて、私の父に気付かれないようにした。
私の父は、昔かたぎでバイクに乗るのは暴走族みたいに思ってて、私がそんな父の事を話したから。
堅物な父は、ハルの姿を一度見かけて、私が家に帰るなりこう怒鳴った。
「暴走族みたいな奴とは付き合うな」
…それから、私は父と話すのを避けた。ハルの事、なにも知らないのにひどいと思った。
でも、今思えば…
ハルは私の父のことも考えて、きちんと門限までに送ってくれてたんだねって気づいた…
私が、子供過ぎたんだね…
早めに送ってもらい、その後はいつも、私の門限8時まで、近くの遊歩道を二人で歩いた。
ハルの手は、本当にあたたかい。
真冬、凍える寒さ。
ハルは手を繋いだまま、その手を自分の上着のポケットにいれてくれる。
「ハルの手は、カイロみたいにあったかいね」
私はいつもその台詞。
「血管、太いのかな。冬はいいけど、夏は汗かきで最悪」
ハルは自分の手が、人よりあたたかいの気にしてた。
汗かきで、手をさわられるのも初めは拒んでた。
「私はハルの手が、一番落ちついて大好き」
本当に…ハルの手は…
あったかくて。大好きだったんだ…
遊歩道の先の、枯れ葉が舞う公園。
私が小学生の頃、よくかけっこなんかした普通の公園。
夜7時にもなると、人の姿は見えない高台。
ハルが公園の真ん中で立ち止まり、いきなり私の事を抱きしめてくれた。
「ハル、人がくるかも」
私が照れていると、ハルはもっと強く私の事を強く抱きしめた。
「今年は、あゆと会えたの今日が最後かな」
いつ、誰がやってくるかもしれない場所で、私はハルに抱きしめられながら鼓動がどきどきするのを、感じた。
「キスしよ」
ハルの事が、愛おしくて…たまらない。
「あゆは、俺が初めて本気になった女だから」
そんな事言われて、思わず顔が赤くなる。
「明日も会いたい。まだ27日だよ」
甘える私に
「駄目。バイト休みすぎたし」
そう言いながら、ぎゅっときつく抱きしめられる。
「ごめん。年明けはバイトないから、一番に会おうな」
それから、しばらく抱き合ってハルの息、ハルの煙草の匂いを感じながら…
私はハルの腕の中で、深い安らぎを感じた。
この日に初めて、話してくれた。
付き合って2ヶ月近くも経って…?なんで…?
初めは思ったけど、ハルは言えなかったんだ。
悲しい現実を認めるのが、こわかったのかもしれない。
ハルのお母さんが、私と知り合う少し前に、亡くなったと言うこと。
とても珍しい病気で、本当に突然の事だったと聞いた。
お母さんを亡くしてすぐに、友達の家で、たまたま私の入学式の写真を見て、私がお母さんに似てると思ったって。
ほんとは、似ても似つかないのに…
なぜか、私を見てなつかしい…
そんな感情を覚えたって、言ってくれたんだ。
私は、そんなハルがまた愛しく感じた…
恋が…愛になる…
そんな感情を初めて知ったんだ。
あの日の…
ハルの手のぬくもりと一緒に、覚えてる。
ハルは高校を卒業し、工場に就職した。
平日に会えなくたったけど、相変わらず週末は私のために時間をつくってくれた。
やっぱり、私はハルの背中が好き。
ハルのバイクにしがみついているときが、私の一番好きな時間だった。
ハルはあの頃、私の母のこともよく気にしてくれて、デートの途中に、いつも病院に寄ってくれた。
私はそんなハルの気遣いが、すごく嬉しかった。
そんなある日。
「…あのさ、お母さんがハルに会いたいんだって」
倒れて一年経っても、まだ退院できなかった母。
ハルは、いつも外で待ってると病室までは来たことがなかった。
私も、母は手術の時、頭を丸坊主に刈られたし、記憶も曖昧の日が多かったから、いつもハルには一緒に来てと言えなかった。
ハルも病室まで行くのは、さすがに嫌だろうと思ってたんだ。だから、ハルはやめとくって言うと思った。
でもハルは、
「ああ。行くよ」
そうすぐに答えたんだ。すごく嬉しかった。
ハルを見て母は
「格好いい彼氏だね。あゆがいつもお世話になってます。ありがとう」
って、いって微笑んでくれた。ハルはぺこりと頭を下げてから
「あゆさんと、お付き合いさせてもらっています。よろしくお願いします」
ハルらしくない大人の挨拶に、ドキッとした。
あの時、もしかして私はハルのお嫁さんになれるんじゃないかって、初めて思ったんだ。
ハルと出会い、一年が過ぎた。
「帰りたくないなぁ」
会うといつも別れが淋しくて仕方なくなる。
「ハルんち、泊まりたい」
私がそんなふうに言うと
「そんなことしたら、あゆのおやじさんに殴られるよ」
ハルが苦笑した。
「じゃあ、朝早く。4時。ううん、2時に迎えに来てよ」
今思えば、それだってそれから寝ちゃうんだから、外泊なんだろう。17歳の私は、それだと大丈夫なんて考えてた。
「あゆが、そう言うんなら本当に迎えに行くからな」
ハルは笑いながら答えた。相手にしてくれないような、本気じゃない感じがした。
私はとりあえずお風呂に入った。
夜中の12時。ハル…さっきのは本気?冗談?
わかんないよ…。