「部屋…きれいだったし、何にもすることないから帰ってきちゃった」
私は、普通を装う。でも声が震えてしまう。
「…熱、あんの?いいから今日は寝とき」
「…熱はないよ。大丈夫。ありがとう」
ハルから、何も言わない。別れ話がでないか、震えている私に気がついて…
前みたいに、誰より私に優しくて
私を愛してくれてるハルに戻って。
「じゃ、またかける」
電話の最後のハルの言葉で、まだ私たちは繋がったままでいられた。
弱い私。
こんな決定的な出来事があっても
繋ぎ止めておきたかった。
ハルがいないと何もできない私でいるのが、嫌だった。
ハルと、ハルのまわりにいる友達がすごく大人に見えた。
2つ歳上なだけなのに、
煙草を吸い、車の運転をする…そんな姿だけでも大人に見えた。
ハルは、私が煙草を吸うと別れるというし、車の免許も危ないから絶対に取るなと言われていた。
でも…煙草はともかく、やっぱり車の免許には憧れがあった。19歳。当たり前の感情。
私は…ハルに内緒で教習所に通い始めた。
スーパーの仕事も辞めた。
入社わずか7か月で…。パートの年配の指導者とのトラブルで、あっさり退職願いを出してしまった。
なんて責任感のないことをしたんだろうと、今ならわかる。自分が社会人として、失格だったと。
退職の本当の理由は、ハルと日曜日に一緒にいたかった。
そうだったんだと思う。
私が日曜日に休みになろうと、今のハルにとっては意味がないのかもしれない。
でも昔のハルが取り戻せる気がした。
本当にあまちゃんな私だったんだ。
7カ月で貯めたお金で、アルバイトをしながら教習所に通う生活になった。
仕事を辞めた事は、ハルに話した。
「お前、それどうすんの。馬鹿じゃん」
優しい言葉を、かけてくれないのがハル。いつも冷たい感じに私を突き放すのがハルなんだ。
私にさめちゃったからじゃなくて…
自分でそう納得させた。
「アルバイト、交代で日曜も休めるんだ。また、遊園地とか行こうよ」
明るいふりをして、私ははしゃいでるふりをした。
「俺はバイトみたいに気楽にいかないよ。生活があんだから遊園地なんかに、金、遣えない」
「遊園地じゃなくてもいいよ。友達にバイク借りれない?また、ハルのバイクの後ろに乗りたいなー」
ハルは、冷蔵庫からビールを取り出してから
「めんどくさい。家で会えるんだからいいじゃん」
そう言って、テレビの前に座った。
私が仕事を辞めても、大した心配もしてくれなく…
むなしくて、悲しくて、心が傷付いた…
ハルと一緒にいても、昔のようになれない。
もう…愛してない
そんなハルの言葉が私の耳にきこえた気がした…
悲しい感情が…どんどんつのる。
ハルに認められる大人の女になりたい。
車の免許を取りに行くのは、その第一歩。
「ねぇ、ハル。私が車の免許取ったら便利になるよね?買い物とか」
ハルには今から取りに行くような言い回しで、聞いてみた。
「やめとけ。事故するぞ。どんくさいのに、あゆが運転なんて無理」
ちょっとムッとした。
でも、まだ心配はしてくれてるのかと思った。
今のハルなら、俺には関係ない…とか言われるかもと思ってた。
やめとけ…は
まだ、私を好きでいてくれているから…?
そう聞きたかったけど、声にはならなかった。
ハルの返事が…
聞きたくないものであるかもしれないと
不安だったから。
ハルに内緒で、私はほぼ毎日教習所に通った。
ハルのいう通り、運転には向いていないのかもしれない。
合格がもらえなくて、補習も何度か受けた。
きつい教官の言葉に泣きそうになったりもした。
でも、実技のキャンセル待ちの時は待ち合いにいる顔ぶれがいつも一緒だということもあり、友達も何人か出来て楽しかった。
新しい生活に、私は新鮮な気持ちで過ごせた。
新しくできた友達とお茶したり、空き時間にブラブラ買い物にいったり、本当に楽しくて前向きになれた。
私が変われば、ハルもまた前のように私に向いてくれる…そんな気がして…
仮免もとれて、教習所の授業もあとわずかになった。
やっぱり、ハルにはちゃんと免許証がもらえてから言おう…そう思っていた。
私がバイトになってからは、週に4日は部屋に通うようになった。ハルがいないとき、掃除や洗濯をまめにしに行った。
ハルは仕事が忙しくなって、帰りが遅くなる日が増えたり出張で帰らない日もあったから夜は前と同じ週に二日くらい。
でも、ハルも友達と遊んでいる日も多かった。
私が時間できても、前と変わらなかった。
その日は日曜で、私もアルバイトのシフトが休みだったけど、ハルは友達と約束があると昼間会えなかった。
ハルに会えると思って、教習所も予約をいれていなかったけど、昼間はキャンセル待ちしようと教習所に行った。
でも結局、日曜日は一杯で実技は受けれなかった。
無駄足で少し疲れたけど、でも夕食の約束はしてるから、買い物をしてハルの部屋に急いだ。
インターホンを鳴らす。
あのブーツを見た日から、私は鍵を開けるのがこわくなった。