その後、リビングのテレビ台に置いてある小さな灰皿を見つけた。私の知らないガラスの灰皿。
その後、はっとする。
灰皿には、口紅のついた吸い殻が一本。
灰皿の下に、
小さなメモ用紙が挟んでた。
私はそっとそれを手に取り、
唇を噛みしめた。
『ハルくん、煙草一本もらってくね。ありがとう。』
私が見つけた…
ハルの現実。
口紅の鮮明な赤色が、私の心に突き刺さる。
それから私は、直ぐ様部屋を飛びだした。
ハルの顔が…思い出せない。
ハルの後ろ姿しか、頭に浮かべられなくって…
震えながら、部屋の下の公園のベンチに腰かけた。
腰が抜けたように立ち上がれなくて
そこからハルの6階の部屋の…
寝室の窓を…見上げてた。
ハルが帰ってくるのを、ここで待つか…
何もなかったふりして、部屋に戻り夕食の準備するか
あ。お風呂も洗って用意しなきゃ…
色々…考えた。
一時間以上、ベンチに座ったまんま動けない。
でも結局、私は部屋に戻れなかった。
『今日は帰るね』
留守電に一言残して、駅に向かった…。
心が壊れてしまった私は
これが現実だと、はっきりハルに確かめる勇気もなかった。
不思議と…ハルに怒りを感じることもなかった。
ただ…自分自身が嫌になった。
ハルに愛されていない自分が悔しかった…
女として魅力のない自分が嫌だった…
ハルにおんぶだっこの…何もできない自分。
これから、どうなるんだろう…
こわくて…こわくて…
離れていかないで。お願いだから。
夜、ハルが帰宅する頃…ハルから電話があった。
「なんか、用事できた?」
ハルは普通にそう話し、口紅の煙草の事は何も口にしない。普通に考えて、私が見つけたことは気づいてるはずなのに…
わざと…なのかもしれない。
ずるいハル。私から別れの言葉がでるように、そうしたのか…そんなことも考えてしまう。
私からは…何も聞けない。
ハルと別れるなんて
考えられない。
「ごめん。風邪気味で…帰ってきちゃった」
私はそんな嘘をつく。
「部屋…きれいだったし、何にもすることないから帰ってきちゃった」
私は、普通を装う。でも声が震えてしまう。
「…熱、あんの?いいから今日は寝とき」
「…熱はないよ。大丈夫。ありがとう」
ハルから、何も言わない。別れ話がでないか、震えている私に気がついて…
前みたいに、誰より私に優しくて
私を愛してくれてるハルに戻って。
「じゃ、またかける」
電話の最後のハルの言葉で、まだ私たちは繋がったままでいられた。
弱い私。
こんな決定的な出来事があっても
繋ぎ止めておきたかった。
ハルがいないと何もできない私でいるのが、嫌だった。
ハルと、ハルのまわりにいる友達がすごく大人に見えた。
2つ歳上なだけなのに、
煙草を吸い、車の運転をする…そんな姿だけでも大人に見えた。
ハルは、私が煙草を吸うと別れるというし、車の免許も危ないから絶対に取るなと言われていた。
でも…煙草はともかく、やっぱり車の免許には憧れがあった。19歳。当たり前の感情。
私は…ハルに内緒で教習所に通い始めた。
スーパーの仕事も辞めた。
入社わずか7か月で…。パートの年配の指導者とのトラブルで、あっさり退職願いを出してしまった。
なんて責任感のないことをしたんだろうと、今ならわかる。自分が社会人として、失格だったと。
退職の本当の理由は、ハルと日曜日に一緒にいたかった。
そうだったんだと思う。
私が日曜日に休みになろうと、今のハルにとっては意味がないのかもしれない。
でも昔のハルが取り戻せる気がした。
本当にあまちゃんな私だったんだ。
7カ月で貯めたお金で、アルバイトをしながら教習所に通う生活になった。
仕事を辞めた事は、ハルに話した。
「お前、それどうすんの。馬鹿じゃん」
優しい言葉を、かけてくれないのがハル。いつも冷たい感じに私を突き放すのがハルなんだ。
私にさめちゃったからじゃなくて…
自分でそう納得させた。
「アルバイト、交代で日曜も休めるんだ。また、遊園地とか行こうよ」
明るいふりをして、私ははしゃいでるふりをした。
「俺はバイトみたいに気楽にいかないよ。生活があんだから遊園地なんかに、金、遣えない」
「遊園地じゃなくてもいいよ。友達にバイク借りれない?また、ハルのバイクの後ろに乗りたいなー」
ハルは、冷蔵庫からビールを取り出してから
「めんどくさい。家で会えるんだからいいじゃん」
そう言って、テレビの前に座った。
私が仕事を辞めても、大した心配もしてくれなく…
むなしくて、悲しくて、心が傷付いた…
ハルと一緒にいても、昔のようになれない。
もう…愛してない
そんなハルの言葉が私の耳にきこえた気がした…
悲しい感情が…どんどんつのる。