帰ってって…
そんな妹来てるから、帰れはないよね。
普通、顔合わせさせてくれるよね。
あのブーツを見た日から…
ハルは、私からどんどん離れていく…
追求はできなかった。
ハルから別れの言葉を聞くのがこわかったから。
私は、ひとり
帰りの駅のホームで、涙がこぼれてしまう。
こわくて、こわくて、
ハルが私から離れていってしまうことが
こわくて、こわくて、
仕方なかった。
ハルからの電話を待っても
ハルからは、なかなかかけてきてくれない。
ハルに
好きな人ができた。
このまんま…自然に別れに持ってかれるの
やだ…やだよ。
私は、緊張しながらハルに電話をかけた。
「この前は…妹来てたんだね。なんか用事?」
「…まぁ。部屋借りたって連絡したから、来た」
ハルの話し方は、めんどくさそう。
私と話してても、何にも感じてない…そんな感じがして胸が痛くなる。
「大事な話、あったの?私、妹に会いたかったな」
妹じゃないとわかっているのに、なんて嫌な自分がいるんだろう。少し、声が震えた。
「ま…また」
ハルの声は低く…小さく…
そっけなかった。
「明日、仕事休みだから昼間から行って、ハルの帰り、待ってていい?」
なんとなく、断らないと入りにくくて…
私は、ハルにそう言うと
「おぅ。わかった」
とりあえず、拒まなかったハルに安心した。
不安な気持ち、ハルに…通じてるのかな…
ついこの前までは、電話の向こうのハルの様子がわかるように身近に感じていた存在。
でも、今日は…
ハルがどんな様子なのか想像すらできない。
話していても、私に興味がない…そう感じた。
次の日、私は電車に乗り部屋にたどり着いた。
ここは公団でファミリー向けの部屋。
エレベーターで、誰かと乗り合わせたりすると少し照れる。
私は若い奥さんだと思われてるんだろう。
「こんにちは」
同じ駅前のスーパーの買い物袋を持った主婦に声をかけられる。
「こんにちは」
ハルと夫婦に見られてるのかなと思うと、胸が熱くなった。
ハルのお嫁さんに…なりたい。
部屋の鍵を開けると、ぱっとハルの匂いがする。
煙草の匂い…
ハルが朝までいた、気配を感じる。
廊下からキッチンを通り、リビングへ。
なんか小綺麗。
いつものハルなら、リビングにも脱いだ服が散乱していて、テーブルにもコップが1つ2つ置きっぱらし。
今日は、テーブルにはテレビのリモコンしかなくて違和感を感じた。
やっぱり…誰かきてる…?
この部屋に。
考えたくないけど、そう感じないわけにはいかない。
私はおちつかなくって、一息つく間もなく掃除機をかけ始めた。
狭い部屋だから、真ん中のコンセントにさせば全部の部屋に一気にかけられる。
キッチン、リビング…トイレ。洗面所。
そして最後に玄関脇の寝室。
寝室に入って…私はまた凍りついた。
ベッドはホテルみたいに綺麗に整えられていた。
ハルが…こんなに綺麗に、するわけない。
私が生地を買ってきてミシンで縫った、ハルの好きなモノトーンのベッドカバー。
その中で…
ハルは…
私は涙がこぼれて、声を殺して泣いた。
誰もいない、ハルのその部屋で。
その後、リビングのテレビ台に置いてある小さな灰皿を見つけた。私の知らないガラスの灰皿。
その後、はっとする。
灰皿には、口紅のついた吸い殻が一本。
灰皿の下に、
小さなメモ用紙が挟んでた。
私はそっとそれを手に取り、
唇を噛みしめた。
『ハルくん、煙草一本もらってくね。ありがとう。』
私が見つけた…
ハルの現実。
口紅の鮮明な赤色が、私の心に突き刺さる。
それから私は、直ぐ様部屋を飛びだした。
ハルの顔が…思い出せない。
ハルの後ろ姿しか、頭に浮かべられなくって…
震えながら、部屋の下の公園のベンチに腰かけた。
腰が抜けたように立ち上がれなくて
そこからハルの6階の部屋の…
寝室の窓を…見上げてた。