「早く、ハルと一緒に住みたいなぁ」

帰りの車の中で、私が言った。その後ハルは、絶対無理じゃんとか、あゆのおやじさんが許してくれるわけないとか、そんな話をした。

私は、すごく悲しくなってしばらくその後、黙ってしまった。ハルはそんな私の様子に少し戸惑った様子で、落ち着かない様子に見えた。


しばらくふたり、黙ったまま帰りの車の中。少し、気まずい。



「公団…」

ハルが話し始めた。


「公団?」
















「公団の募集、見つけたんだ。少し広い部屋借りたくて。今の単身用のアパートじゃ、いつまでたってもあゆと住めないから」


ハルがそう言ってくれた事、本当に嬉しくて涙が出そうになった。待っていた言葉だったから。


「一緒に住むの?」

「あゆが来れるなら、一緒に住みたい」



ハルのその言葉に、私は今までの不安がなくなっていった。ハルはまだ私の事を好きでいてくれたんだって、嬉しくて。


一緒に住めば、不安はなくなる。

その時は、そう思ってた。ずっと、ずっとハルといられる。そう思うと安心した。
もとの私たちに戻れる…そう信じた。


「ハルと、暮らしたい」


ハルは、小さくうなずいて


「よかった」って、言ってくれたんだ。








ハルと、私の、二人の生活がすぐに始まると思った。



単身では入れない部屋なので、二人で契約に出かけた。


婚約者の欄に、私の名前を書いて印鑑を押した。なんだか、結婚するのが決まったように思えてドキドキした。




「おやじさんがいいって言うまで、待ってるからあせらないでいいよ」


ハルはそう言ってくれたけど、私はすぐにでもハルと一緒に住みたいと思った。毎日、父に了承してほしいと願い出たけど、毎日喧嘩になるばかりだった。


まだ、19歳の私。ハルも21になったばかり。しかも、結婚前の同棲など、堅い父が許してくれるはずがない。









父には許してもらえないまま、入居の日になった。

日曜だったから、私は仕事が休めず、終わって駆けつけた時にはもう荷物も入り、引っ越しの作業もほとんど終わっていた。


「ごめんね。何にも手伝えなくて」

「アパートから少しの荷物運んだだけたし、大丈夫」


私が自分の店から買ってきたお寿司を広げた。二人で食べて、それから初めて二人でお風呂に入った。


すごく恥ずかしくて、でもすごく嬉しかった。


帰りたくない。一緒に住みたい。でも、私はまだ家を出ることが出来なかったんだ。このまま家出してハルと一緒に住んでしまったら、父に結婚は絶対に許してもらえないと思って。


「あゆが20歳になるまで待ってるから」


父が言った。20歳になるまで許さないと。だからハルもそう言ってくれたんだ。






20歳になれば、私もこの部屋に来て


ハルと結婚するんだって思ってた。




大好きなハルのお嫁さんになって


子供も二人は欲しいんだ。




そんな未来が、近づいてく。そう思ってた。








「あゆちゃん、よかったねぇ」

今日は、仕事が休み。真理と買い物したりしてブラブラ遊んだ。


「今日はこれからご飯作りに行くんだけど、前のアパートの部屋にはキッチンがなかったから道具が全然ないんだ。真理、買い物付き合って」


まな板に包丁。ボールに菜箸。お皿にコップ。何にもないからすぐにカゴがいっぱいになる。


「あ!エプロン。絶対いるよね」


「いいなぁ。本当にうらやましいよ。あーあ、あゆちゃん、これからあんまり遊んでくれなくなりそうで、真理は寂しい」


「そんな事ないよ。そうだ。今日、真理も一緒にご飯食べようよ。ハルも、真理ちゃん元気かって言ってたよ」


真理は初め、やめてくよって遠慮したけど強引に誘ったら、わかった、行くよって言ってくれた。


本当は料理に自信がなくて、真理に手伝ってもらいたかったんだ。私はまだまだ料理の経験がなくて、あの頃は毎日、料理の本とにらめっこばかりしてた。






「こんばんはー。ハルくん、おひさ」

真理は本当に気さくな性格で、いつも明るくみんなを元気にしてくれる性格。


「真理ちゃん、また太ったな」

ハルも遠慮なく、真理になら突っ込める。


「失礼な!今日はせっかく遊びに来てあげたのに」


時々、そんな真理がうらやましく思える。私は結構、人には気を遣われるタイプだったから。真面目に見えるのかな。真理とハルは、楽しそうに雑談を始めた。



私は、ハルが私の友達とも仲良くしてくれる事が嬉しかった。


「キッチン道具、買ってきたよ。ハルが気に入るように、黒メインにしたよ」


おたまとか、モノトーンにして男っぽいものを選んできた。ハルの顔とこの部屋を思い浮かべながら選んだ時間は、本当に幸せな時間に感じたんだ。


「サンキュー。いいじゃん」

ハルと真理と私で、その日は楽しい夜を過ごしたね。







あの部屋に引っ越しして来た頃は、本当に楽しかった。休みの木曜は必ず買い物に出掛けて、部屋の物を増やしていった。


ハルがいない昼間にカーテンや小物を飾り付け、ふたりの空間をつくっていく。ハルに喜んでもらいたくて、お昼から煮物やカレーを煮込んだり。



エプロンをつけて、ハルが帰ると、玄関まで迎えに行く。本当に、結婚したみたいに、お帰りのキスをして。


やっぱり、早く一緒に住みたい。そればかり、考えてた。






「んー。なんかちがう」

ハルは料理の味に厳しい。お母さんこだったハルは、早く亡くしてしまったお母さんの味が忘れられないらしい。


「え?美味しいと思ったのに。料理、ハルの好みになるよう頑張るね」


「あゆの料理は、ちょっとだしがきつすぎる」

「そうなんだー。ごめん」


ハルは、お母さんの味を求めた。本当に、お母さんが大好きだったってわかる。会話の中でもよくお母さんの話になることがあった。



ハルが私と出会った頃、ハルは私がお母さんに似てるとこがあって嬉しいって言ってくれた事を思い出した。



私と出会う前に亡くなってしまったハルのお母さんに、やきもちをやく事もあった。マザコンかってくらい、ハルはお母さんの事をほめる事がたまにあったから。


保育士で、家事も完璧にこなしていたハルのお母さん。いつか、ハルのお母さんのようになりたい…そう思ってた。