家の前に来た。
ゆっくりと手を伸ばし家と入っていく。
『このすり抜ける感じ、なかなか慣れないや。』

家は暗く静かだった。
自殺した一昨日も帰って来た時そう思ったっけ。
あの日はいつも通りに舞子たちにイジメにあった。
イジメられるようになったのは一年の夏。
一年半耐えたんだけど…このまま続くなら死ねって言われたしって、死のうって決めた。
なんて浅はかに決めたんだろうって思う。

お風呂はあの時のままだった。
掃除する気力がないいんだと思った。
リビングに行くと、私の赤ちゃんの時からつい最近までの写真が広げられている。
共働きでも綺麗好きのお母さんがこんなに家の中を散らかしたままにしなかった。
台所には洗い物が溜まり、テーブルにはカップラーメンの容器がそのままにしてあった。
日々の元気は御飯で決まるのよ!って毎日の御飯は手をぬいたりすることもなかった。

自分の家なのに、自分の家じゃないみたいだ。
ふとテーブルの上に雑然と置かれた新聞や郵便物の中に紛れるようにあった、それを手にする。

ピンク色の小さな手帳の表紙には「母子健康手帳」と書かれていた。
「やっぱり、お母さん赤ちゃん出来たんだ。本当にラブラブだったんだ。」
ポロポロと、涙がこぼれた。
「私、高校卒業するころには、お姉ちゃんだったんだ。」

バステトに怒られるかもしれない。なにやってるんですか!!って怒鳴られるかもしれない。
でも……このままになんてしたくない。
私が戻れば時間も戻る。今からする事は意味がなくなる。
でも、私が戻るまで何日かかるかわかんないし…。その間二人がこんな家にいるなんて、私のせいだけど、だからこそ綺麗にしたい!
バステトの気配はある。そばにいる。
いつ止められるかわからないけど…。

私は急いで片付けを始めた。
散らばった写真やアルバムをもとの棚に直した。
溜まってる新聞やチラシを廃品回収の袋に入れた。
洗い物も片付けた。
干されたままの洗濯物を取り込んで畳んで置く。
自分自身の部屋も片付ける。
最後はお風呂場。
綺麗に自分の血を洗い流す。日にちが経って渇いてて中々取れない。
こんなこと、二人ひさせたくない一心で掃除をした。
お母さんが好きなバラのアロマをリビングで焚いた。

最後にきちんとテーブルに母子健康手帳を置く。

「汐梨様お気持ちは済みましたか?」
「バステトっ!ずっと見てたの?」
「はい、ずっと見てました。猫は足音消すのが得意ですから。」
「怒ってないの?」
「あぁ〜あ、ここまでしちゃって…まぁ今出来る最後の親孝行ってことにしときましょう。」
「ありがとっバステト!!!」

思いっきりバステトを抱きしめた。
バシバシと尻尾を揺らし暴れる。

「離してください!」
「やだ!そんなに照れなくてもいいじゃん!」
「違います!もうすぐご両親が帰って来られます。電気を消して出て行かなきゃ!」
「えっマジ!?」
慌てて電気を消してベランダから出て行く。
同時に玄関の戸が開いた。

「えっ…」
「春樹さん?どうしたの?」
「いや、佳代の好きなバラの匂いがするんだ。」
「本当だ。」
二人はゆっくりと家の中に足を踏み入れ進んで行く。

『あっアロマのロウソク消してないっ!!』
「もう、汐梨様〜。」
呆れて溜息をつく。

リビングに入ると暗闇の中でユラユラとロウソクの灯りが揺らめいてる。

「なに、これ…私、なにもしてなかったのに…」
綺麗に片付けられた部屋に呆然と立ち尽くす。
お父さんが電気をつけた。
待っててと言って各部屋を確認しに行く。
「佳代…お風呂綺麗になってた。」
「………。」
「佳代、どうした、大丈夫か?」
突然泣き出したお母さんにお父さんが慌てて近寄る。
お母さんはゆっくりテーブルを指さした。
綺麗にされたテーブルの上に、母子健康手帳が置かれてる。
「私…汐梨が居なくなって、この子の存在を素直に喜べなくなって、この手帳、新聞と同じようにここに置いてたの。」
テーブルの雑然と新聞が積まれてたところを叩いた。
「なのに、新聞はちゃんと袋に入ってるし、洗い物はなくなってるし、写真も洗濯物も片付けてある…で、この手帳だけが綺麗に置かれてた。これって…汐梨でしょ?!あの子がそばに居て私に…。」
「間違いないよ。汐梨だ。あの子がしてくれたんだ。」

「よかった。」
泣いてるのに、二人とも笑ってる。
「さっバステト、次行こうっ!」
「次はどうなさいます?」
「う〜んと…。」
『舞子と、お通夜で来てた男の子。どっちにしようかな?』
「汐梨様!悩んでる場合じゃないです!」
「そんなに怒んなくても…」
「違います!行かなきゃいけない場所が出来ました。急がないと大変な事になります!!急ぎますっ!」
そう言うとバステトは尻尾を絡ませたとたんに走り出した。