そう思っていたときだった。

突然、視界の全てが千草の顔になった。

驚いたあたしは、目を見開いたまま息を止める。

唇を濡らす、柔らかな感触。

それはねっとりと、あたしの下唇をくわえた。

どうしてこんなことになっているのか、なんでこんなことをされているのか、と混乱する思考回路。

予測不可能な彼の行動に、あたしはただ驚くことしか出来なくて、声も出せなかった。

「……ただのいとこなら、俺たちがこんなことをしても、あいつは何も思わないよね」

ゆっくり離れていく彼は、口に息がかかる距離でそう囁いた。

後ろから吹いた、冷たい風。

目の前に立つ彼の茶色い髪の毛が、向こうへと流れていく。

はっきり見えた、いたずらな瞳。

乱れた自分の髪を手で抑えながら、あたしは鼻に残る香水の匂いに戸惑っていた。