女はその隙をつき、思葉がいくら押しても駄目だったドアを破る勢いで開け、夜の街へ飛び出して行った。


叫びにも呻きにも聞こえる奇怪な音声が、糸を引くようにして遠ざかっていく。



「逃がしたか」



突然現れたその人は小さく舌打ちをして刀身を鞘に納める。


思葉は座り込んだまま、呆気にとられた顔でその背中を見つめた。


ちりり、と音がして、室内の照明か戻る。


思葉はくらんだ目を片手でかばい、数度瞬きをして、はたと店内を見回した。


たった今開け放されたはずのドアは施錠を済ませた状態で、反対に硝子戸は元の半開きの状態になっている。


そして、あんなにしっちゃかめっちゃかになったはずの陳列棚はきちんと並んでおり、破損した商品はひとつもなかった。


完全に元通りである。


違うのは、得体のしれない女を撃退してくれた人が、まだそこにいるという一点だけだ。



「おい、無事か」



聴き覚えのある声でそう尋ねながら思葉を振り返ったのは、薄い青みを含んだ白い長い髪を襟足で一つにまとめた男だった。


真っ白な小袖に、赤と白の菊綴(きくとじ)がついた群青色の水干を纏っている。


襟は内側に折り込んであり、朱色の紐をたすき掛けに結っていて、長い裾は霞色の小袴に入れて結び切りにした帯で留めてあった。


黒い手甲を巻いている手首は、男の割には細い。


和風に整った面立ちは若々しくも﨟長(ろうた)けているように見えた。