大きなマスクをした若い女が学校帰りの子どもたちに「わたし、奇麗?」と尋ねてくる、一昔前に社会問題にまで発展した根も葉もない都市伝説。
無視したら酷い目に遭わされるのではと何となく感じて、思葉は女の後頭部に注目した。
女の長い黒髪は背中のあたりでゆるく結わえられていて、あとは腰の方へ流している。
薄暗がりにも艷めいているのが分かった。
奇麗だな、そう素直に思う。
「はい……奇麗です、とっても」
彼女が口裂け女なら、ここでマスクを外し耳元まで裂けた口を見せているところだ。
しかし目の前の女は特に動かない。
女が髪に触れると同時にまた声が届く。
「……あなたの髪も、とても奇麗ね……とても」
「え?」
まさか褒め返されるとは思わなかった。
予想外のことに驚きの方が大きくてあまり喜べない。
「そう、奇麗……とても、奇麗な長い黒髪……」
女がぼそぼそと独り言を口にする。
輪郭の光が妖しく揺れ、徐々に声がはっきりとしたものになっていく。
思葉は不穏さを感じ取って一歩後ずさった。