また胸が早鐘を打ち出す。
すると、その女がわずかに身じろぎした。
「……お嬢さん」
空気に溶けてしまいそうな声が、鼓膜を震わせるのではなく、直接思葉の脳の奥深くに届いてくる。
夢見心地に聞いているようだ。
領巾(ひれ)に似た不思議な残響を持っている。
お嬢さん、とは思葉のことを言っているのだろう。
そもそも室内には思葉と女以外誰もいないのだから。
「な、なんですか……」
思葉は片手を胸のあたりで軽く握りこんで返事をした。
なぜ答えたのか、自分でも困惑している。
その女は、女の姿をしている何かだと悟っているのに、気がついたら唇がそう動いていたのだ。
「……わたしの髪、奇麗ですか?」
幽かな声が頭に反響する。
女の白い右手が、そっと彼女自身の右肩に触れた。
いきなりの質問にまごつく思葉は、その内容に「口裂け女」を連想した。