その日の夜はずいぶん遅くまで病室にいてくれた省吾。
ニコニコ話をしてたけど、その様子はどことなくいつもと違ってて。
何があったのか、少し落ち着かない雰囲気だった。
「春乃ちゃんのことも思い出せなかったの?」
「うん…、でもなんだか気持ちが通じ合える感じがして。またすぐに仲良くできそう」
「そっか。……陽奈?」
「なに?」
私が見上げると、省吾はベッドに腰掛けるようにそっと私に近づいた。
見つめられると、また懐かしい感覚がよみがえってくる。
「明日も院内散歩は許可されてるみたいだよ。だから今度はオレが連れてく」
「うん。今日はどうしたの?」
「ちょっとね。大したことじゃないよ。明日は早めに迎えに来るから」
ドクンっ…
迎えに来る……。真っすぐなその目でそう言われた瞬間、震えるように胸が高鳴った。
看護士さんの話を思い出したからか。それともこの目のせいなのか。
わからないのに
ドキドキは止まらなくて。
「省…吾……」
静かになった病棟に灯る電灯。
重なる影に気を取られれば、優しいキスの感触が私を包む。
恋してた。
私はとても深い恋をしてた。
その相手はきっと省吾のはずなのに、繋がらない何かがまだ残ってる。
もう今は、目の前の省吾を見つめていればいい。
そう思っても、惹かれるような記憶が私を離さなくて。
やっぱり私は、いつまでもキオクの恋を捨てられなかったんだ。
今の気持ちよりも、もっと強く感情を揺らした恋の日々。
私がここにいる省吾を想っても、記憶の中の私はその時の相手を想い続けて。
そう、キオクが勝手に恋するの。
パタン…
病室に響いた扉の閉まる音。
そこを過ぎ去った人影が、自分にとってどれだけ大切な人だったか。
その時の私には、まだ思い出すことができなかった。