病院の中の空気が悪いわけじゃないけど、やっぱり外の空気は格別。

爽やかに揺れる木々の下には、ほかにも何人かの患者さんが散歩してる様子が見えた。

私と看護士さんは、病棟の陰になってるベンチに座りながら会話を楽しんだ。



忘れてることを無理に考えることは禁止されてる。

だから話す内容は、何げもない普通のこと。

昨日見たテレビ番組や、病院の先生の噂話。好きな食べ物や、好きなアーティストのことや、好きな人のこと…

好きな人…




「いいよね〜、あの彼!私まで好きになっちゃいそうだわ。陽奈ちゃんがうらやましいっ」


「ははっ…。でも看護士さんにだって大事な人がいるんでしょ?」


「さぁー、どうかしらね。大学時代からの同級生なんだけど、海外で医者してるの」


「え、すごい!」


「うん、そうでしょ!でもね、いろんな研究に没頭してて全然会いに来てくれないのよ。頑張ってるってことは分かってるから何も言えないんだけど。
でも大事な人と言えば大事な人よね……。会えない時間が続いてても、信じてるんだもん」


「信じてるって…何を?」



私が顔を覗き込むと、看護士さんは照れるように空を見た。



「迎えに来てくれるって。自分が納得いく成果が出せたら、私を迎えに来てくれるって言ったのよ。でもわかんないじゃ〜ん、私一人の待ちぼうけかも。だから断言なんてできないのよね」


「それって結婚するの?」


「ちょ、ちょっとー!そんなんじゃないってば!もぉ〜、陽奈ちゃんの話してたんでしょ!」



慌てる看護士さんは、検査してくれる時の真剣な表情じゃなくて

恋する想いをしっかり抱えてる乙女の顔だった。


いいな、そういう気持ち。

私と省吾の間にもあったと思うのに、その感情はまだ省吾の姿と重ならないんだ。



淡く響く鼓動の感覚は覚えてる。

記憶が遠くても、感じてた想いはなぜか近くて。

省吾の目を見るたびに思い出せそうなんだけど…、何が違うのかわずかな影が邪魔をした。



「ここにいたっ!陽奈ぁ〜!」


「えっ……?」