古い木枠のガラス戸を開けると、店先でギターの弦を調節していた沢さんが振り返った。
半分驚いた様子で、目を大きく開いて。
「いらっしゃ…」
「沢さん、上借りるから」
「えっ…、ちょっと!」
「圭吾に貸せてオレにできないことはないだろ」
そう言われて戸惑う沢さんを気にすることなく、省吾は私を連れて二階に上がった。
そして私は、不安そうな沢さんに軽く頭を下げて通り過ぎる。
バタン、ガチャっ!
部屋につくなり、省吾は扉に鍵をかけてピアノに向かった。
それから私をその場に座らせるように、絨毯に押し付けて。
「こんな小さい部屋でさ、二人で何してたわけ」
「……」
「オレが我慢してればそれで良かった?」
何も返さない私の前で、省吾はスッと鍵盤に指を乗せた。
ターン…
省吾の言葉も、省吾の姿も。
感じられるものすべてが、私を威圧してくる。
そして滑らかに流れ始めた交響曲。
軽くはずんで、透き通るように高音が響いて。
でもなぜか、とても悲しくて。
「渡すわけにはいかないんだよ。何ひとつとして…」
曲の山場に差し掛かると、だんだんスピードも上がってくる。
人さし指と中指…小指から薬指へ…
素早く動き続けた指。
でもそれからすぐに、省吾のその指はつまづき始めた。
「……っく、」
「省吾っ…」
バーーン……
強く叩かれた鍵盤。
余韻を引きずるように、弦がいつまでも遠く響き続けた。
やがて再び静けさが部屋を包む。
そこから立ち上がった省吾は、私の方へとゆっくり近づいて。
「圭吾だけが治っていいわけないだろ。オレはどうするんだよ」
「省吾、これだけは聞きたいの!圭吾は…ちゃんと手術できるんだよね……?」