「どうもありがとう。素敵ね」



曲を弾き終わると同時に、腕全体の力が抜けた。

もう楽譜を閉じることさえやっとだ。


オレがそのままぐったりと椅子に座り続けてると、若く見えながらも実際は年齢を重ねていそうなその人は

オレの後ろにやって来ると、その肩に触れてきた。



「……!」


「動かないで。大丈夫だから…」



防音設備が整った部屋はとても静かで。

スッと肩から背骨までを撫でられると、それが傷んだ箇所にはなぜか心地よかった。

不思議と、気持ちまで和らぐ。



「かなり痛むみたいね…」



この人、オレのこと知ってるのか。

なにげにその顔を見上げると、目元にあるうっすらとしたシワは優しい人柄を表すようで。

なんとなく、気まで許してしまいそうになった。



「このままでも構わないって言うならいいけど、もし、もっと自由に弾きたいと望むなら、方法はあるのよ」



囁くように告げられる声。

その言葉に反応して、オレは何かにすがるように息を飲む。


それはつまり…






話を終えると、オレは元来た廊下を通り玄関まで送り届けられた。

そしてそこには、すでに祖父ちゃんが背を向けて待っている。



「話は終わったのか」


「ええ、伝えることは伝えたわ。ね?」



祖父ちゃんと軽く言葉を交わしたその人に頭を下げ、オレはまた車に乗って聖音を後にした。

視界に流れる並木道。

緩やかに動くシートにただ無言で座り、さっきの話を思い出す。



手術を受けないかと言われた。

ただし海外で。

神経の細かな部分を治療する必要があるから、日本じゃダメだと言うんだ。

しかも最低1ヶ月のリハビリ付き。



治せるなら治したい。

制限されていた自分の中の音楽を、自由に出せるならどんなにいいだろう。



でも、今野崎と離れるのには不安があった。

省吾の考えも分からない今、野崎を残して行くのは…