ごく普通の私の人生。
その「普通」がこんなに簡単に壊れてしまうなんてあの時は思いもしなかったんだ。

4月下旬。
「莉香~!!はやくしないと遅刻するわよ~!!」
今日もいつもの1日が始まる。
「分かってるよ~!!」
私は立花莉香。
今年の4月から高校生になった。
まだ慣れない制服に着替え、洗面台で髪の毛をセットし終えた私は急いでリビングに駆け込んだ。
お母さんはもう朝ごはんとお弁当を用意して家を出る準備を慌てた様子でしていた。
「あっ、莉香。お弁当机の上に置いてあるからね。」
「うん」
うちの家は私が物心つく頃にはもう離婚していて母子家庭だから、母は朝早くから夜遅くまで仕事している。
「今日も帰るの遅くなりそうだから夜ご飯よろしくね。じゃ、行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃーい」
パタンと扉が閉まるといきなり家の中は静かになった。
1人には慣れていた。
昔から家にいる時は1人の方が多いから。
朝ごはんの食パンを食べ終え、食器を片付けてもう1度鏡をチェックしてカバンを持って家を出た。
私の高校は家から徒歩20分ほどの距離にある。
バスで行ってもいいのだが、交通費が勿体無いから歩いて行っている。
まだ慣れない校門をくぐり教室に向かった。
教室に入って自分の席に向かっている途中、
「莉香~!!おはよ~!!」
私には眩しいくらいの笑顔で挨拶する一つ前の席の女の子。
「おはよ~」
私は鞄を一つ後ろの机の上に起きながら答えた。
彼女は多田 真知子。席が前後だったこともあって入学してすぐ仲良くなった子だ。すごく明るくて楽しそうで、ただちょっと抜けてるところもあるけど、誰からも好かれるいわゆる妹タイプだった。
別に私は無愛想とかクールとかそういう訳じゃないけど、彼女の元気さにはたまに羨ましくなっちゃうくらいだ。
「ねぇ、見て!!これ昨日彼氏にかってもらっちゃった!!お揃いなの!!」
と後ろを振り返り見せてきたのはピンクのハートの書かれたスマホのカバーだった。
「可愛いじゃん!!よかったね~」
「うん!!」
相当嬉しかったのかいつもの10倍の眩しさの笑顔で返事をする真知子。
真知子は中学の時から付き合ってる彼氏がいるらしく、高校は別だが家が近いらしく休日は会ってるんだと。
彼氏か…。
年齢=彼氏いない歴の私。
そもそも初恋すらまだだし、恋なんてしようと思ってもできないものだしそもそもそんな出会いをみんなどこでするのか知りたいくらいだ。
まぁ、そんなの言い訳にしか聞こえないから言わないけどね。
それから昨日のエピソードを1から語り始める真知子の話を聞き流しながらそんなことを考えていると予鈴がなった。
先生が教室に入ってきてみんなが席に着く。
今日も平凡な学校生活が始まる。
まだ慣れない授業から解放され放課後になると、私にとって忙しいのはこれからだ。
ささっと帰りの準備を済ませ、席を立つ。
「莉香、はやいね~」
と呑気に机の中の教科書をかばんにしまう真知子。
「うん、まあね」
と曖昧に返事をする。
「真知子も部活頑張ってね、また明日」
「うん!!また明日ね~!!」
真知子は手を振って私を送った。
真知子は軽音部だ。
まぁ、軽音部はこの学校で1番人気の部活だし、なによりもかっこいい先輩がたくさんいるらしい。
私は帰りに買い物をしにスーパーに寄った。
今日の晩御飯の食材とと特売の品を買うためだ。
私も部活は正直言うとやりたい気持ちもあったが、夜遅くに帰ってくるお母さんのために晩御飯を作らなきゃいけないし、部費がかかりお母さんに迷惑をかけてしまうのが嫌で部活には入っていない。
買い物を終え、家に帰宅するとさっそく晩御飯の支度を始める。
今日の晩御飯はシチューだ。
料理は普通に好きだし、何より人のために何かするのは好きだから全然苦ではない。
晩御飯を作り終えると学校の課題や家事をしたり、テレビを見ながら過ごし時間を潰した。
夜9時。
お母さんが帰宅した。
「ただいま~、遅くなってごめんね」
お母さんが帰ってきての第一声はだいたいこれだ。
「お帰りなさい」
私は台所に向かいながら言った。
シチューを温めお皿に入れて机に並べていく。
「ご飯作ってくれてありがとね~!!シチュー美味しそう!!」
着替えを終えたお母さんは机に並べられたシチューを椅子に座りながら見ていた。
「ん~!!美味しい!!」と言いながら嬉しそうに食べるお母さん。
お母さんは昔から私がお母さんにしてあげたことには本当に喜んでくれて私はそんなお母さんを見るのが大好きだった。
今まで母子家庭だから遠慮してきたこともいくつもあるけど、私にとってどうってことはない。
むしろお母さんはこんなに頑張ってるんだからせめて私にできることはしたいと思ってしていることだ。
お母さんもそんな私に気づいてるのかもしれないし、親としては子供に遠慮されるのは嫌かもしれないがもう染み付いてしまった癖は直らない。
たとえ普通の家とは違っていても私は充分幸せだった。
この日常がずっと続いてくれたらいいのに……。