キャスケットはくるくると宙を舞い、
ぽちゃ、という間抜けな音と共に
噴水の水に落ちた。

同時に、帽子の中でまとめてあった私の
髪は自由だと叫ばんばかりに、はねるように
広がり、いつものように私の背に垂れた。



「くそっ…」



小さく毒づく椿の声も、何だか遠くに
聞こえる。

なにも知らない世界で襲われることが
こんなにも恐ろしいとは一体誰が
教えてくれただろう。

なにも知らない世界で自分のゆく先が
全く見えないことがこんなにも恐ろしいとは
一体誰が予想できただろう。


私の体はらしくもなく震え、冷や汗が
嘘のように溢れる。


驚きに満ちた人々の叫びも、青年のちいさな
感嘆の声も、なにも届かなくなる。

この感覚は知っている。


私の余裕という余裕が一切無くなるときだ。




ガッッッ!!!!



無我夢中だった。

持ち前の俊敏さで青年の懐に入ると
急所に一撃入れ、相手が怯んだ隙に
彼の右手首のあたりをコツンとたたく。

すると剣はいとも簡単に彼の手中を離れ
地面にけたたましい音をたてて落ちた。


「えっ?」


やっと状況を理解したのか、青年が
間の抜けた声をあげる。

しかしそれには構わず、私は彼の右腕を
かかえて深く腰をおとし、前方に体重を
かけた。


ゴッ!


鈍い音をたてて、青年の体が地面に
叩きつけられる。

勝った。

そう確信したのも束の間、思わぬ出来事が
私を襲った。



急に視界がまっくらになり
呼吸がしづらくなる。

なんの魔法かと警戒して身を固くしていると
背中を大きな手が撫でた。



「手荒なことをしてすまなかったね。
怖い思いをしただろう」

「!!!!???」

「紫音!!」



あろうことか私はさっきまで殺すぐらいの
気でいた男に抱き締められているのだった。

何がどうなったのかさっぱりわからない。

ほんのりと甘い、花のような香りが
鼻孔をくすぐり自然と力が抜けた。




「その黒髪、黒い瞳……
君は天使かエルフなんじゃないのかい?」

「な、何を…」




不意に視界がもとの明るさをとりもどし
青年が私から身をはなしたと分かった。



「君、名前は?」

「……小鳥遊、紫音だ」

「紫音か…僕はレオ。よろしく。
あの男は君の知り合いかな?」

「友人だ。……椿」




名前を呼ぶと、椿はやっと夢から覚めたかの
ようにぱちぱちと瞬きをして頷いた。

早足で私のもとに寄ってから
小さく会釈をする。



「百瀬椿だ。よろしく」

「よろしく。二人とも、一緒に来てくれるね?
話を聞かせてもらいたいんだ」



多分この男には敵わない。

そう観念して、私と椿はおとなしく頷いた。