「では、スラファ様。どうぞ、此方へ」


白杖を持っている人は、私に手を差し伸べた。
しかし其の手は私の居るべき場所から、人1人分右隣に差し伸べられていた。
この人は目が見えないのだろうか。
白杖を持っている人は、私が手を握り返さない事に疑問を持ったのか首を傾げた。

手を戻すと白杖で目の前を確認し始めた。


「失礼。スラファ様は何処に居られますか?」

「此処よ。」


私は彼の手を引きながらそう言った。


「そちらでしたか。」


彼は私の手を握り締めると、白杖で床をとんとんと確認しながら進んだ。


「あぁ、ファルファー様もいらして下さい。」

「...何処へ向かうのです。」

「散歩ですよ。そう、警戒なさらず。」


公爵夫人は疑心を抱いている様だったが、今は彼に着いて行く事にした。
短剣を手に持ったまま、公爵夫人は彼の隣を歩く。


「そんな物騒な物はしまって下さいよ。」

「信用が無いですもの...。」

「わたしも嫌われたものですね。」


白杖を使って壁にぶつからない様、彼は器用に歩いていった。


「貴方は何者なの?」


私は何気無く聞いてみた。


「一応“味方”、とでも言っておきましょうか。...そうですね...。〝サイレント〟と呼んで下さい。」

「〝サイレント〟...。」


何処かで聞いたことのある呼び名。


「ソロの殺し屋ですか...。ますます信用出来ませんね。」

「知っていたのですね。光栄です。」

「...伯爵に雇われているのでしょう。」

「まぁ、そんなとこですね。」


原作者の余裕は“これ”だったのね。
雇った殺し屋。公爵夫人の言葉で思い出したけど、〝サイレント〟は腕の立つ殺し屋だわ。
弱点と言えるのか解らないけど、強いて挙げるならば、〝サイレント〟は弱視と聞いているわ。


「安心して下さい。“今は”殺す気はないので。」


“今は”ね...。

公爵夫人がサイレントの首に短剣を添える。
サイレントは其れに気付き、歩行を止めた。


「力(りき)む必要はありませんよ。一瞬で終わりますので。」


サイレントは私の手を離すと、人形を操るかの様に指を動かした。
そうすると不思議な事に、公爵夫人の腕に先程の彼と同じ赤い線が浮き出た。


「ですが、“今は”そんな気は無いとお伝えしましたでしょう。」

「くッ...!」

「腕の力を抜いて下さい。切り落とされたいのならば、話は別ですけどね。」


公爵夫人はサイレントの言う通り腕の力を抜いた。
其れと同時に公爵夫人の赤い線が、濃くなる事が無くなった。


「賢明な判断です。」


サイレントは微笑みながらそう言った。