ハートの女王が扉を開く。
ゆっくりと慎重に、扉の金具の音が私の鼓動を早めた。
部屋の中が次第に明らかになっていく。


「やぁ、帰ってくると思っていたよ。
愛しい我が子達。」


あぁ、この声は...原作者だ。


「誰があんたの“子”だいッ!!巫山戯やがって!!」


ハートの女王が啖呵を切って、前方に飛び出た。
手負いのあの手では、自慢の鞭を振るう事は出来ない。
代わりにハンドガンを原作者に向けて構えた。


「イケナイ子だ。親にそんな物を向けるなんて...」

「あたし達はあんたから開放されるんだよ!!」

「まぁ、わたしは大人に興味は無いからね。
其の代わりに、“其の子”は置いて行ってもらうがね。」

「なんだと!?この外道がッ!!あたしの人生の次はこの子ってかい!?」


ハートの女王の目が血走っている。
構えているハンドガンも標準がぶれている。


「ハートの女王...私が引き受けましょう。」

「黙れ!!公爵夫人!こいつはあたしが殺らなきゃ気が済まないんだよ!!」


ハートの女王はハンドガンを両手で握り締めると、狙いを原作者に定めた。
こんな状況なのに、原作者は顔色1つ変えていない。
余裕そのものだ。


「君等にわたしが撃てるのかね?
“あれ”無しで生きていけるのか?」

「五月蝿いッ!!!」

「君等にとって、最高の代物だろう。」

「黙れ!!」

「“あれ”は依存性が高いからな。」

「止めろ!」

「入手ルートも知らないだろう。」

「喋るな...。」


ハートの女王は顔を伏せた。
公爵夫人とチェシャ猫も、悲痛の表情を浮かべ顔を伏せた。
原作者の言う“あれ”は、恐らく...
“Porta del Paradiso(楽園の扉)”の事だろう。

原作者が私達に“お菓子”と称して食べさせていた物だ。
其れを食べると、とても幸せな気持になるの。
けど、其れは...原作者の思惑通りだったわ。
嗚呼なんて恐ろしい事なのだろう。


「其の引き金を引けるのかな?」

「くっ...」


チェシャ猫が、ハートの女王を押し退けて前へ出た。
其の手にもハンドガンが握られていた。
2~3弾威嚇で放つと、ハートの女王の手を引いて扉から飛び出した。
公爵夫人と私に目で合図すると、長い廊下を走り抜けた。

原作者の部屋から遠のき、人気の無い踊り場で私達は止まった。
チェシャ猫がハートの女王の手を離す。


「何で...何で、逃げたんだいッ!?」


チェシャ猫がハートの女王の頬を叩いた。
張りのある音が周囲に響いた。


「そっちこそ何考えているんだよ!!
激上に任せてあいつを殺しても、如何しようも無いでしょ!!」

「...ハートの女王、少し冷静になりましょう。私達の目的は白ウサギを取り戻し、薬の手の届かない場所へ逃げる資金を手に入れる事...そうでしょう。」

「...解ってる。」


ハートの女王は先程より、冷静さを取り戻した様だ。
私の元に近付いて、頭を撫でてくれた。


「みっともない姿見しちまったね。」

「ううん。大好きだよ、“お母さん”」


ハートの女王は私を1度だけ抱き締めると、意を決した表情になった。