バタン…と閉まった扉。


保健室を出た廊下は、
とても静かで寂し気だ。


遠慮がちにチカチカ光る蛍光灯の明かりが、
私と彼の影を淡く床に映し出す。


ふと、窓の方に目を向ければ。


空はとっくに藍から黒になりかけの色をしていて、辺りは暗くて目を凝らさなければよく見えない。



「バス、間に合うかな?」


「多分」



ぼんやりと窓の外を眺めながらそう、言葉を零せば、西藤はスマホに目を落としつつ言葉を返してくれる。


そんな何気無い事に、喜ぶ私。

おめでたい自分だと、自覚はしている。


「帰るか」


そう言った西藤は、スマホを制服のズボンのポケットに仕舞うと、すたすたと玄関へ歩き出した。


…彼女と帰るよね、きっと。


彼の背を見詰めつつ、そう思った私はその場で立ち止まって、彼が下校するのを見送ろうとした。


しかし突然ピタリと停止し、
歩くのを止めた西藤。


どうしたんだろう…?
そう、思って首を傾げていれば。



「…帰らないの?」



顔を此方に向けながら、
不思議そうに私を見る西藤。



「え?帰るけど…」

西藤を見送ったらね。



そう答えれば、西藤は一瞬きょとんとしたが、何を思ったのかクルリと此方に体ごと向けるとすたすたと戻ってきた。


そして、西藤が
私の目の前まで来ると。



「…ほら、帰るぞ」


「え、ちょっ…」



グイッと腕を掴まれ、
そのまま引っ張っられる形で歩く私。


強くはないし痛くもないけど、
しっかりと掴まれている腕。


チラリと西藤の顔を見れば、特に変わった様子は無くて平然としている。


……まぁ、そうだよね。


どきどきしてるのは私だけって分かってる。とっくの昔に。


って…そうじゃなくて。


「ま、待って!」


西藤に止まるよう
急いで声を掛け引き留める。


西藤は、突然発した私の言葉にピタリと足を止まるが、その顔に浮かぶのは訝しげな表情。


「…何?」


西藤は私の顔を見下ろしながら、
疑問の言葉を落とす。


私は、そんな西藤に、
困った様に視線を寄越しながら。


「彼女さんとは、
帰らなくていいの?」


地雷と分かっていながらも、
素直な疑問を返した。


少しばかり固まる西藤。
だけど直ぐに言葉を紡いだ。


「…別に大丈夫だろ。あっちは演劇の友達と帰るだろうし…それよりも、お前を一人で帰す方が…」


「…あ!西藤先輩!」


「…え?」


西藤の言葉を被せるように聞こえた、
女性の大きな声。


喜びが混じるその声は、パタパタと響くスリッパの音と共に私達に近付いて来る。


私と西藤は、同じタイミングで音の聞こえた方に顔を向けた。



―――夢の終わりの鐘が鳴る。