俺様王子は子猫がお好き


緑の女の子はすぐに抜けた。


へへっ、諒ちゃんゴメンネ!



150メートルいかないうちに、青の子も抜けそうな位置まできた。


『結菜ーーーっ!!』


『笠原ぁぁぁあ!』



みんなの声援におされて…



『きゃあぁぁ!!』



よしっ、抜けた!!



残るは黄色だけ…!

トラック半分まで来たとき、尋常じゃない痛みがあたしを襲った。



「……っ!」


一瞬意識が飛びそうになるのをぐっと立て直す。



あと…あと半分だけ…!


もう心臓が破れそうだ。



視界の端に、黄色のはちまきが見えた。



ゴールも近づいてくる。



熱のせいか目の前がチカチカして吐き気もひどい。


脚はつりかけていて、足首の限界も近い。



ちょっと油断したら動けなくなりそうなところまできているけれど、頭は妙に冴えていた。

“ガンバレ”


そうだよ。


頑張れ、あたし。



頑張れ…!



『きゃぁぁぁぁあ!!』



ひときわ大きな歓声が聞こえたと同時、
あたしは黄色を抜かしてそのままゴールライン突っ込んでいった。


☆side 龍☆


「ちょっといい?」



スウェーデンリレーが始まる前、俺は長瀬に声をかけられた。


いやな予感しかしないが、とりあえずクラステントから離れた木の下に移動する。


長瀬ってほんとがっしりしてるな…


結菜はこういうのがタイプだもんな…。



ぼんやりとそんなことを考えていると、



「どうして結菜から逃げようとすんの?」



思いもよらなかった言葉をかけられた。


ドクンと心臓が鳴る。



「お前のことは興味ない。でも俺は、結菜を傷つけるやつだけは許せない」



長瀬の瞳は、思わずそらしたくなってしまうほどまっすぐだった。



「……俺じゃだめなんだよ。長瀬じゃなきゃ」


ぽつりとかすれたような声をだした俺に、長瀬が呆れたように鼻で笑った。



「何言ってんの?けんか売ってんの?」


「だって結菜はお前のこと…」



言い終わらないうちに長瀬が、重い溜息をついた。

「俺は結菜の味方だけど、お前の味方じゃない。だから気の利いたことは言わねぇけど…」



長瀬は俺をしっかりと見つめた。



「話せ。まだなにも結菜から聞いてねぇんだろ?」



たしかに…そうだ。


俺は結菜の話を聞かなかったし、聞こうともしなかった…。



「それだけ。じゃ」



去っていく長瀬の大きな背中を見つめる。


長瀬は元気づけてくれたのだろうか。


あんなに結菜のことを好きなのに?


ふっと笑顔がもれる。


不器用だな。


   ☆   ☆


そしてついにスウェーデンが始まった。



正直、見てられないほど結菜は辛そうだ。

結菜が他連合を抜かすとか、1位になるとか、もはや俺にとってはどうでもよかった。



本当は走ってほしくないと思っている。



だけど、結菜の思いを尊重する。



ただ、もうこれ以上苦しまないでくれ…。



その思いに突き動かされて……



大歓声の中、1位でバトンを渡した結菜がふらりとよろける。



「結菜!」



その体を後ろからぎゅっと抱きしめた。

「きゃあ…っ玄野くんが…!」


周りの女子がそれを見てざわつくが、気にする余裕もない。



「龍…くん?……ひゃっ…」



肩と膝の裏に手を回す、いわゆるお姫様だっこ。


軽っ…


ちゃんと食ってんのか?



それより…久々だ。



こんなに結菜の近くにいるのは。


結菜の甘い匂いがする。



香水ではない。シャンプーでもない。



結菜の、匂い。



騒がしいギャラリーは流し、俺は何も言わずに結菜を抱えて歩き始めた。

☆side 結菜☆


「あ、あの…っ」


「病院行く。車は森川が用意してる。お前の制服とか荷物も、もうもらってある」


「え?!あ、ありがとう。でも…えっとその…」


「何」



なんで優しくしてくれるの...?



あたし、嫌われてたんじゃなかった...?



「ひ、ひとりで歩ける!おろして!」


しどろもどろにそう言うと、龍くんはぴたりと立ち止まった。


「そ?」


ゆっくりとおろされた瞬間、


「痛っ…」


あたしはよろめいてしまった。



「危ない!」



龍くんが慌てて支えてくれたので、こけずにすむ。


「……はぁ…」


ううう。



龍くんの溜息が痛いです…。

「いいから黙って抱えられとけ」



またふわりと体が浮き上がる。



「……っ」


今度は黙って龍くんにしがみついた。


トクンと胸が高鳴る。



龍くんが優しい。あたしいまとっても幸せだ…。


なんだけれども…



「あ、あの…」 


龍くんは一言も話そうとせず、耐えかねたあたしはそう切り出した。



「何か…怒ってたり、する…?」



優しくしてくれてるのになんだかそう感じてしまう。



「……」


龍くんは何も言わずに前を見て歩いている。



「ちょ、ちょっと何で無視すんのよ!」


くってかかろうとしたその時、



「龍様!結菜様をこちらへ!」



あのときのおじいさんが、車のドアを開けて待っていた。