潤平『ここらへんなんだけどな~』

自転車を引きながら住所の書いた紙を見る潤平

その時

ガシャーンと皿の割れる音が
目の前のアパートから聞こえた

その音を聞いて
つい立ち止まってしまう、はるかと潤平

部屋の表札には牧田の文字


潤平『…ここだ』

部屋の扉を前に
息を飲む二人

インターホンを鳴らすはるか

誰も出ない

もう一度インターホンを鳴らす

『…はい』

牧田の母親らしき女性が出る

はるか『あの、夜分に申し訳ありません
    牧田夏美さんの高校の者ですが』

『…』


返事は無かったが
部屋の奥から扉に近づいてくる足音

息を飲むはるか

次の瞬間

部屋の扉が開く

ボサボサの髪を掻きながら
派手な身なりをした夏美の母親が立っていた


部屋は玄関からゴミだらけ
足の踏み場も無いような家とは
実にこういうことだ

夏美の母親が
迷惑そうな顔をして言う

『何か用?うちの娘ならここにはいないよ』

凄まじい部屋の散らかりように
顔を歪める潤平


部屋の中の様子を伺っていたはるかは
台所から人の足が出ているのを見つける

はるか『すみません、ちょっと失礼します』

靴を脱いで台所へ向かうはるか

はるかに続いて
潤平も母親に頭を下げて台所へ向かう

動揺する夏美の母親

『ちょ、ちょっとあんたたち
 なに勝手に人ん家入ってんの!警察呼ぶよ!』


そんな母親の言葉には見向きもせず
台所に行ってはるかが見たのは

床に倒れている夏美だった

意識はあるようだが
手からは出血している

はるか『警察…呼びましょうか?』

はるかの言葉に
何も言い返すことの出来ない夏美の母親

潤平が夏美の肩を抱える


はるか『私は牧田夏美さんの担任の教師です

    もし、またこのような事があったら
    私が警察に通報しますから
    覚悟してください』


母親に向かって強い口調で言うはるか

そんなはるかに
夏美を抱えている潤平が声をかける


潤平『行こう、先生』

部屋を出る二人

その場に立ち尽くす夏美の母親

――――――――――

病院


潤平が診察室の外の長椅子に座って
はるかと夏美を待っている

ガチャ

診察室の扉が開く

はるかに支えられた夏美が出てくる
二人を見て立ち上がる潤平


はるか『手のケガ以外に異常が無くて本当に良かったね』

はるかの言葉に
うつむいたままの夏美

ボソッ

夏美が小さな声で何かを言う

はるか『え?』

夏美『先生ありがとう
   望月くんも、ありがとね』

その言葉に
笑顔で頷くはるかと潤平


夏美『今日は、友達の家に泊まります』

はるか『うん
    学校、もし来れたら来てね
    先生待ってるから』

夏美『はい』

はるか『…友達の家まで送っていこうか?』

夏美『先生、私子供じゃないんですよ
   一人で大丈夫です』


夏美のしっかりとした言葉を聞いて
安心したようにはるかが頷く

病院を立ち去る夏美の後ろ姿を
見送るはるかと潤平


次の瞬間

一気に気が抜けて
その場に倒れそうになるはるか

とっさに潤平が
はるかの肩を両手で支える


潤平『先生…大丈夫?』

はるか『ごめんね
    安心したら気が抜けちゃって…』


そんなはるかの姿を見て
愛おしく感じる潤平

支えていたはるかの肩を
ギュッと抱きしめる

驚くはるか

はるか『も、もう大丈夫だから…』

そう言って
はるかが潤平の手を離そうとした

その時

薬指の結婚指輪が目に入り

我に返る潤平

パッとはるかの体を離す


潤平『…ごめん』


気まずい雰囲気の二人

そんな空気を吹き消すように
はるかが切り出す

はるか『望月くん、今日はどうもありがとう
    先生一人だったら無理だったと思う

    本当に助かりました
    ありがとう』

潤平に笑顔でお礼を言うはるか


はるか『じゃ、また明日学校でね』

そう言って
はるかがその場を立ち去る

何も言えず
去って行くはるかの後ろ姿を
ただ見ているだけの潤平

その表情は複雑だ


しかし

その場を去ったはるかの表情は

もっと複雑だった