お前の生活のどこにため息をつかねばならない瞬間があるんだ、と裕也は思ったが口には出さなかった。こんな小さな出来事から大きな亀裂が生まれるということを裕也は長年の経験から学んでいたためである。ただ、どうした?という一言を待っているということは健の目をみれば明らかだった。腕にはめた時計を見る。長い針は10を回っていた。あまり時間はなかった。

「どうした?」

健が待っていたであろう言葉を投げかける。すると健は

「なんでもない…」

と焦らしてきた。このくそのろまめ。何故待ち望んでいた言葉をくれてやったのに、クリスマスプレゼントを貰った子供のように飛びつかないのだ。それではこっちがマヌケみたいではないか、そう思ったがこれまた口をつぐんだ。言わないなら言わないで厄介ごとからは遠ざかることができると判断したからである。