「わけわかんない事言ってんじゃねえよ、バカ」

「…」


凌哉くんは私を抱きしめながら、耳元でそうつぶやくと私の腰に回している手にきゅっと力を入れた…

こんなふうに凌哉くんに触れるのはどれくらいぶりかな…

最初は恥ずかしかったけど、今はすごく落ち着く…ずっとこうしていたいよ。






「……で。どうしてこんな森に囲まれたペンションに泊まってるのに、スーパーなんかに行こうとしてたのか理由を聞こうか…」

「痛っ!」


体に回しているその手で、私の腰の肉をつまんで来る凌哉くん。





「や、やめてよっ」


隠してるぜい肉の存在がバレる!


とっさに私が体を離すと、凌哉くんはまた怒っているような顔をして私を見下ろした。


凌哉くん…ペンションの主人から私達スーパーに行ったことは聞いてるけど、理由までは知らないのか。

一応サプライズって事だったから、さすがにそこは内緒にしてくれたんだな…

でもここまで来たらもう…話さないわけにいかないか。






「ケーキを…作ろうと思って…」

「は?」


凌哉くんの表情を、チラチラと伺いながら言う私。





「妃華ちゃんに凌哉くんへのケーキを作ろうって誘われたの。誕生日の時のケーキはちょっと崩れちゃったでしょ?…サプライズで渡したからったから声かけないで行っちゃったの…本当にごめんね」


正直に言った。

反応が怖いけど…これが一番いいよね…





「お前って…マジでずるい」

「え?」


そう言うと、凌哉くんはまた私を抱きしめて耳の辺りに軽くキスをした。




ずるいのはどっちなの…?

さっきまで怖い顔をして怒ってたくせにそんなことするなんて…凌哉くんの方がずるいよ。






「…」

「…」


凌哉くんがそっと私から離れて私を見つめると、お互いが同時に目をつぶった…私は顔を上に向け、凌哉くんは少しかがんで私の唇にキスを落とす。


前までは凌哉くんからの一方的なキスだったのに…今私達はお互いに同じタイミングでキスをしている…

不思議だな。

恥ずかしいとかいうよりも、凌哉くんとキスが出来て嬉しいと思ってる方が大きいの…

こうやって少しずつ変わっていくのかな。






「なんか怒る気無くなった…それに腹減ったな」


唇が離れると、拍子抜けしように凌哉くんは言った。




「そうだよね、お腹すいてるよね…」


夕飯も食べないで私の事探し回ってくれたんだもん…





「そこで何か食うか。圭吾達と合流して飯食う気分じゃないし」


凌哉くんが指さしたのは、ペンションのエントランスの一角にあるカフェだった。




「うん!食べるっ」


凌哉くんと2人きりで食事が出来るなんて…すっごく嬉しい!

一気に上がる私のテンションに気づいたのか、凌哉くんは私の手を引いて歩きカフェの中に入った。

たった一時間足らずだっけれも、旅行での2人きりのこの時間が大切な思い出になる…




はぁー幸せ。


食事が終わりお会計を済ませてカフェを出た私は、大満足で幸せいっぱい。





「あーぁ。本当は外に出てデートしたかったのにな…誰かさんが行方不明になるから、時間が押したせいでこんな短時間しか一緒にいられなかった…」


財布をポケットにしまいながらブツブツ言う凌哉くんは、ジロっと私を睨んだ。





「ご、ごめんね!今度埋め合わせるから!!」


そうだったよね…今夜は2人で会う約束してたんだった!

それすら私はぶち壊したんだ…





「埋め合わせねぇ…今度いつ軽井沢に来られるかな…」

「別に軽井沢じゃなくてもいいじゃん!」


ね?ね?と必死になりながら凌哉くんと部屋に向かうと、男子部屋のドアに溝口くんが寄りかかっているのが見えた。






「何してんだ?なんかあったのか?」


凌哉くんが聞くと、溝口くんは目をウルウルさせて口を開く。




「友達だと思ってた人に殴られまして…」

「…それはもう謝ったろ。ごめんて」


嫌味ったらしく言う溝口くんに、凌哉くんは面倒くさそうに答えた。溝口くんの頬には湿布が貼ってあった…





「まあいいや…それより2人にお知らせなんだけど」

「お知らせ?」


溝口くんはそう言ってニヤリと笑ったのだが、すごく頬が痛み出して「イテテテ」と言って頬を手で押さえた。






「…今日はお前ら以外のみんなは男部屋で寝るっつーから、空きのベットがないんだ。だからお前らは2人で女子部屋で寝てくれない?」


え?



溝口くんのお知らせとやらは、私が思ってもみないことだった…






「ちょ、ちょっと待ってよ!ってことは私と凌哉くん2人きりで部屋に泊まるってこと!?」


2人きりで!!?

この密室に2人!!!?






「カップルなんだし問題ないだろ?凌哉の荷物は部屋に入れといたから…じゃ俺はこれで。おやすみん~」

「あ、ちょっと…!」


任務を終えたように去っていく溝口くん。私と凌哉くんは数秒間何も言葉を発さなかったが…先に沈黙を破ったのは凌哉くんだった。








「じゃ、行こうか」


凌哉くんの顔はすごく嬉しそうで、ニヤニヤとしていた。それはどこか意地悪で完全にオオカミになっていた…




「あっ…」