春の温かな風がとある山の開けたところを吹き抜けていく。
そこには一本の大きな桜の木があった。
樹齢はとうに百年なんて越していると思われた。
春は今が一番の盛りだ。
この桜の木も例外ではないようで、枝いっぱいに花を咲かしていた。
ひらひらと舞う花びらは心に安らぎをくれる。
ふと、その木の根元を見ると一人、少女がうずくまっていた。
年はまだ小学校低学年程に見える。
少女は桜の木に背を預け、体育座りをした膝の上に顔を埋めていた。
少女の長く黒い髪は、うずくまったことによって地面についていた。
しかし、少女はそんなことを気にしていないのか、身動ぎ一つもしない。
それは、気にしていないのではなく、それどころではないからだった。
少女は泣いているのだ。
だが、小学校低学年程の年ならば、大声でわんわん泣いていそうなものだが、少女は声を殺す様にして泣いていた。
「……ひっ……ぅ…」
ただ、静かに泣いていた。
そこに、ぶわっと突風が吹いた。少女は突風に吹かれ横に転がりそうになり反射的に地面に手をついて体を支える。
少女の長い髪がバサバサと蛇のようにうねる。その髪を押さえつけていると自分の正面に誰かが立っていることに気が付いた。
少女が顔を上げるときにはすでに風は止んでいた。
かわりに、少女の目の前には一人の青年が立っていた。