屋上まですぐそこということを忘れていた
緊張で一杯だった私は解く時間も十分に取ることもできず明らかに屋上への扉と言わんばかりの造りの違う冷たい扉の前に立っていた
本当はもう少し…その辺りをふらついていたかった…
「ん、鍵は掛かってないし居るみたいだね!」
美奈はそれに対して真逆の能天気な反応をしていた
正直今はその性格が羨ましいよ…
しかし考える暇もなく美奈は扉を躊躇い無く開き私を引っ張っていく
少し入るのを躊躇した声を漏らそうとしたが一切聞こえてなかったようだ
少しすると、声が聞こえてきた
『見えない…元の貴方の姿が消えていくの…』
『悲しいな、何もできないのが情けなくて仕方無い』
声の主は二人、どうやら男女の二人組らしくそのフレーズでは何の話なのか全く分からない台詞が聞こえてきていた
「…?貴方達、この時間は映研の貸切なのよ」
突然後ろから聞こえてきた小声の主は
長い黒髪を纏った、日本人形の様な女性…としか私には表現できないほど華奢な人だった
口調からして上級生であろうか
近寄られると少し緊張で下がってしまうかのような何かが感じられた
「あ、転校生の子が見学したいって聞かないから連れてきたのよ!」
と美奈が言う
…あれ?私が悪いみたいになってないそれ!?
と内心思っているとまたあちら側から声がしてくる
一体何をしてるのだろうか
と気にしてる様子を察したのか
日本人形の先輩は軽く溜息をつくと言ってきた
「今撮影中なの、静かにしてね…部長は邪魔が入ると怖いから」
と口元に指を立てながら言いながら案内するかの様に先程の声のする方へと足を進ませていた
着いてこい、と言ってるのだろう
美奈は「やったね」と言わんばかりの表情で先に着いて行ってしまった
私もすぐさま着いていこうとしたがどうも足が簡単に動いてくれなかった
緊張だった
さっきまでとは全然、また違う
まるで人生で最大の選択を迫られてるかのような
ただ初恋の人と同じ名前の人かもしれないのに
なのにどうしてこうも胸が苦しいのか
こんなにドキドキしてしまうのか
まだ会ってすらないのに
それは簡単な理由だった
10年経った今でも彼が好きだから
…としか言いようが無かった
すると美奈が私に気づいた様に戻ってき腕を引っ張っていった
私はされるがままにその方へと引っ張られ
そしてそこには二人の男女、先程から聞こえてた声の主が
それから大きめのカメラを持つ少女
スケッチブックを持つ少年
そして…

「生温い…やり直し!死ぬ気で演じてみろ!」

…一人だけ、目立つ少年
パイプ椅子に座るその少年は
前髪を丁寧に纏めており
少し日の光で反射してる眼鏡を掛け
制服は少し乱れ気味にシャツを出しており
鋭い目つきで睨んでる様に相手を見て
黄色いメガホンを使い相手に怒ったように叫び
全く、当時出会った彼とは正反対の
まさに怖い人であった

……でも、見間違えない
少し大人に、そして怖くなっていても
忘れなかった
「部長、体験入部の生徒が見学に来てます…」
あの顔つき、それから何よりも
彼が身につけているアレは
「あ、私は久寿川美奈です!保護者みたいなモノです!こっちが見学の水瀬アリスちゃん!」

十字架のペンダント
彼は胸に垂らしていた
何処かで見たことある?
見かけた事はあった
忘れるはずもない
今も服の襟元に隠れている
あれにそっくりな形をした

「……アリス?…だって?」
気づくと目の前には
黒髪で目が見え隠れしている
鋭い目付きの彼が、立っていた
「あっ…えと、あの…その…」
沈黙になりかけの時間が進む
しかし彼も気づいていた
これは再会であるということに
彼女とは一度会っているということに
「…久しぶり、アリス」
「……えっ」
少しぎこちない様子で彼は私に声を掛けた
私はきっとそうなのだ、と
きっと彼はそうなのだと思いながら
信じながら、こう答えた
「……ただいま、ゆーき」


彼の名はゆーき、能美優希
彼との記憶違いな再会はこの後
様々な少し変な学園生活を生むキッカケに
さらに二人の恋は波乱万丈な展開に
そして私の生活はどこかおかしな…でも
最高に笑い合える二度とない生活に
そんな世界に連れていくキッカケとなった
なんてこの時は思ってなかったけど
それを分かっていたよ、と言うかのように
彼のペンダントの十字架は
私に瞬きさせるようにキラリと光った

私は水瀬アリス
10年間も片思いし続けた
結構しぶとい女の子です


つづく