キスマークの効果か、私たちの仲は疑われることもなく、結婚はあっさりと了承された。
自らも恋に生きた半生ゆえに、愛し合う二人が結婚することに、何の異論もないらしい。

途中から私は何を言われても首筋と鎖骨を意識してしまい、終始しどろもどろになりながら、受け答えをした。

私が村雲洋一の娘であることは、自ら告白した。調べれば分かることだし、変に隠せばいらぬ憶測を呼ぶという征太郎の判断だった。

「大変だったね」という労りの言葉に、私は「もう昔のことですから」と、吹っ切れたような笑みを見せる。
復讐心や嫌悪感は、決して露わにしてはいけない。
ここは、打ち合わせ通りにうまくいったと思う。

しばらく、二人は今後の話を淡々としていた。私はただおとなしく頷きながら耳を傾けていた。
結婚を公表する時期について、党内にはどの順番に報告するかなど、結婚の相談というにしては随分と事務的な内容だった。


「失礼します。」

ふすま越しに廊下から声が掛けられる。仕事の用件を伝えるためにやってきた谷崎さんだった。

「至急、青井幹事長が来週の青年部の勉強会についてお話したいと…」
「わかった、すぐ行く。親父、少し外すぞ。」
「ああ、よろしく伝えてくれ。」
「電話一本掛けたら、戻ってくる。…くれぐれも、息子の婚約者を口説くなよ。」
「当たり前だ。すぐ、行け。」

冗談なのか本気なのか分からないやり取りをしながら、征太郎が席を立つ。
一応、不安げな顔をして視線を送ってみたが、あっさりと無視された。
この場に取り残された私は、今から一人で“曲者”に立ち向かわなくてはならないらしい。
自然と肩に力が入ったが、聞こえてきたのは、驚くほどに優しい声色だった。