「免疫なさすぎだろう。それだけは誤算だった。」
「真依子のは、貴重な天然モノだから。うまいこと料理してよね。」

瞳が悪のりして付け足すと、征太郎の背後から荷物を抱えた谷崎さんが入ってきた。

「困ったことに、うちのセンセの腕も未知数なんだよね。征太郎、ちゃんとさばけるの?俺が代わりに三枚におろそうか?」

ここにも、完全に悪のりしている大人が一人いる…人のことを何だと思っているのか。
反論しようと、口を開き掛けた私を軽く手で制して、征太郎が呆れたような顔で指示を出す。

「無駄話は終わりだ。まずは、出かける準備をしろ。親父の気が変わらないうちに、本宅へ急ぐぞ。」
「これはこれで、大事な話だけどね。ハイ、真依子ちゃん、これが着替える服ね。」

そんなやり取りを聞きつつ、谷崎さんから渡されたのは、この間の食事の前に立ち寄ったブランドショップの紙袋で。
中には、ブラックの清楚なワンピースと靴、バッグなどの小物一式が入っていた。

「気に入らなくても、取りあえず今日はこれを着ろよ。」

そう言われて背中を押される。

「このワンピースに合うように、髪はゆるく巻いてハーフアップにするわね。」

瞳は早くも自分の仕事に取りかかっているようだ。
私だけが一人、置いてきぼりにされて立ち尽くしている。
とにかく、いろいろと確認したいことがある。

「あの、まさかだけど、お父さんにも計画は内緒なの?」
「ああ、もちろんだ。実の息子の俺でも、親父が何を考えてるかさっぱり分からないからな。はっきり言って、最も信用が置けない相手だ。」
「そんな…。」

冷めた目で自分の父親のことを語る征太郎を見て、この親子の間にある深い溝を感じる。
本来なら、彼が唯一の家族と呼べる相手であり、それなりに心を許しているべき人物であるはずだ。
だが、やはり政治家の世界というのは、世間の“普通”からはかけ離れているのだろう。

「真依子、何も不安がることはない。俺にすべて任せろ。」
「でも、準備も何もしていないから、突然会ったりしたら、何かぼろが出そう。」

先ほどの美佐枝さんとの会話でも、冷や汗をかいたことを思い出す。
今度の相手は引退したと言っても、かつては百戦錬磨の交渉の達人と呼ばれた敏腕政治家だ。
とても、自分みたいな素人が騙せるとは思えない。

「では、移動中の車の中で、軽く打ち合わせしよう。予定外の質問には、笑って俺を見つめろ。代わりに答えるから。」
「それで、本当に誤魔化せる?」

それでも心配が拭えない私は、眉間に皺を寄せたまま彼を見上げる。
今更ながらに、飛んでもないことを引き受けてしまったものだと後悔が押し寄せていた。

そんな私を前に、征太郎は驚くべき行動に出たのだった。