二時間後。

私は、立派な造りの和室に招き入れられ、ふかふかの座布団の上で背筋をしゃんと伸ばして正座をしていた。
雪見障子の向こう側は庭のようだが、夕暮れ時の今、すでに外は薄暗く、ぼんやりとした灯籠の明かりだけが際だって見えるだけである。

ここはどうやら、事務所と同じ市内にある高柳家の本宅らしい。
そして、その中でも私が居るのは奥座敷だ。
表の座敷ではなく、ここへ通されたと言うことは、この家にとって私がすでにオフィシャルな客人ではなく、パーソナルな客であることを示す。

「真依子さんと言ったかな?そう固くならずに。顔を上げてくれないかな。」

そう言って、紳士的な笑みを見せるのは、かつては百戦錬磨の外交手腕により“政界の曲者”と呼ばれた男であり、
政界きってのプレイボーイとして、何度も世間を騒がせた人物───


───征太郎の父、高柳聡一郎(たかやなぎそういちろう)、その人であった。


私が何故、ここに連れてこられたのか。
話は二時間前に遡る。


瞳と部屋で談笑していると、突然部屋の引き戸が開かれた。

「おい、すぐに出かける準備をしろ。」

女二人の楽しい時間に水を差したのは、約一日振りに姿を現した私の婚約者だった。
征太郎はずかずかと部屋に入ってきて、座っている私に向けて上から言葉を投げかける。

「親父が帰国したらしい。今から、会いに行く。」
「ちょっと…そんな突然言われても。」
「次はいつ帰国するか分からない。まさか、親に紹介しないまま、婚約できないだろう?」
「帰国って…お父さんって、海外にいるの?」
「ああ、今はのん気に女とハワイで暮らしてる。」
「女って…。」
「引退騒動の引き金になった愛人だ。今だに続いているらしいな。親父にしては長い方だ。」

何だか突然の話の展開に驚きながらも、私は何とか事情を聞き出した。
訳も分からず連れて行かれるのは、御免だ。
征太郎は、私の顔を数秒眺めてから、同じく驚いている瞳の方を見て、満足げな笑みを浮かべた。

「さすが、メイクはばっちりだな。もしかして、予知でもしてたか?」
「まさか。新しいメイクを試してたのよ。」
「悪くない。でも、親父の前ではいつもの能面の方がいいかもな。女には見境がないから、口説かれかねん。」

冗談のつもりなのか、征太郎はフッと表情を緩めた。
それを見て、瞳はすかさず切り返す。

「あら、素直に綺麗だって言ったら?」
「ああ、綺麗だ。」

彼は私の顎に手を掛けて、くいっと上を向かせると、満足げに微笑んだ。

「まあ、俺が選んだ女だから、当たり前だ。」

自信満々に言い放った一言は、決して素直に喜べるような褒め言葉ではなかったのに、じっと見つめるような視線に、私の顔の温度は明らかに上昇していった。
頬どころか顔全体が真っ赤に染まっているかもしれない。
恥ずかしすぎて、すぐそこにある鏡を確認することもできない。
あわてて視線を逸らした私を見て、彼がフッと小さく笑いを漏らして、顎から指を外した。