「あ。そうだ、るい。預かって来たものあったんだった」

侑壱はそう言って。
ポケットから・・・何かを取り出す。

私の手元に落とされたのは・・・
グレーと青緑色の紐で作られた・・ミサンガ。


「ん?」

「須和から、お前にって」

「須和先輩?」

須和先輩は、私が高校1年生の頃の・・・サッカー部のキャプテンだ。

侑壱とは往年のライバルで。何度も全国への切符を争っていた。
インターハイは須和先輩に。
選手権は兄貴に、分配があがった。


そして、縁は・・・、まだ続いた。

2人は同じ大学のサッカー部で・・・再会を果たしていた。

今や共闘する仲間、だ。

「【バトンタッチ】、だってさ。言えばわかるって」

見覚えのあるミサンガ・・・。
バトンタッチ・・・。

「うん。・・・うん、わかった。ありがとう」

須和先輩からの、2年越しの応援。
【ガンバレ】が詰まった・・・お返し。

心が・・・じんわりと温かくなった。

「こっちこそありがとうだなあ。あの冬、キミたちには負けて頂いて。運がこっちに味方して劇的だった」

「・・・。・・・【勿体ない】って言ってたな・・」

「ん?」

「・・・ううん、なんでもない。先輩に、確かに受け取りましたって」

ミサンガを私の足首に結びながら・・・
「アイツに、伝えとく」って。嬉しそうに・・・兄貴の顔を見せていた。



付けおわると、突然・・・侑壱はグッと顔を近づけてきて。

「ところで・・・、るい。お前さ、やったな」
と・・・詰め寄った。

「え?なに?」

「食べただろ?」

「朝ごはん?うん、ちゃんと完食してたみたい。コレに書いてある」

「いーや、誤魔化すな」

「え?」

「引き出しをゴミ箱と間違えたか?コレ、メモの間から落ちたぞ」

「・・・?」

「嗜好品はストップかけられたじゃん。あー、でも持ち帰り忘れた俺が悪いのか」

「嗜好品?」

「チョコだよ、チョコ!お前が食いたい食いたいって戯言みたいに言うから、俺がわざわざ1階の売店まで走って買ってきたヤツ」

「チョコ?・・・ああ、あれ?お母さんが買ってくれたんじゃなかったんだ」

「おーまーえー!記憶すり替えか。しかも、走り損で…ドクターストップかけられたのも忘れたか。大丈夫なの?血管膨張してないか?」

「ちょっと待って。それはごめんって。でも、食べてない」

食べた覚えなど、ない。
というか、チョコを買ったのは侑壱?侑壱とは今日が久しぶり、ではなかった?

「いいや、動かぬ証拠があるだろう」

侑壱は、今度は冷蔵庫をガバッと開けて。
それから・・・チョコレートの箱をそうっと覗き見た。

「そら見ろ!やはり。ひと~つ足りない」

「いやいやいや、記憶にございません」

「…政治家か。それじゃ、これはなんだ?」

ペッタンコになっている銀紙。
それをつまみ掲げて・・・

けれど突然、『してやったり』顔はそのまま、ピタリと固まった。

「・・・?侑壱?」

「えーと。ごめん、もしやこれ、まじないか何かだった?」

「は?」

「だってホラ」

侑壱が、その銀紙をくるっとひっくり返すと・・・
そこには、油性ペンで書かれた名前がひとつ。

「・・・?!『ミドリ』?え。何で?」

それは、高校の同級生で。
昔、同じサッカーチームの仲間でもあった間宮碧(まみやあおい)』、通称・・・ミドリの名前。

「俺に聞かれてもわかんないし。でも、ミドリっていや~、あのミドリで違いないよな?」

「・・・・・・・」

「俺に、突然『私が使ってた4号球のボール持ってきて』って連絡よこしたのも、ミドリが原因?」

「待って。私、そんなこと言った?」

4号球は、少年サッカー用のボールだ。
家のどこかにあるだろうけれど、最近目にした覚えもない。

「言った。なぜかビデオ通話で。変な模様の天井しか映ってなかったけどな。母さんに言っても多分どのボールかも分からないからって」

「でも、侑壱家にいないのに」

「だから、頭打ってそこまで考えが及ばなかったんだろ?」

「でも、何で今?退院してから探せばいいのに?」

「『でもでも』言うな、足に使われた俺が虚しくなるだろ」

侑壱はそう言うと、「そうだ、目的のブツを渡してなかったな」と小さく呟いた。