笹前市黒須町。
都会から少し離れた、しかし不便さを感じさせることのない、静かな町。
町の北にある山には音黒滝という美しい滝がある。町並みもどこか昔を感じさせる温かみがある。

「だってさ」
黒周駅のホームに佇む一人の少女は手にした観光パンフレットに目を通しながら自分の横に立ち尽くす青年に声を掛ける。
青年は少女の持つパンフレットをちらりと見て、苦笑する。
「こういう場合は観光パンフレットより、地図を見たほうがいいと思いますよ?私たちは観光に来たわけじゃないんですし」
「まあ、そういやそうだよね…」
渋々といった調子で鞄にパンフレットをしまい、代わりに分厚い地図を取り出す。
パラパラと地図をめくりながら顔を顰める少女、柿谷舞花。
今年で高校一年になる彼女は、家庭の事情により元々住んでいた町を離れ、この黒須町に居を構えることになったのだが。
となりで地図に苦戦する舞花を見守っているのは舞花の保護者である柳。苗字などは存在せず、ただ柳の一文字だけである。
これには少しばかり特殊な事情があるのだが―
「あった!あったよ柳さん!」
嬉々として叫び声をあげる舞花の手元をちらりと見ると彼女の指が指しているのは明らかにどこかの会社だ。
「舞花さん…そこ、よく見てください…」
「え?『菊池万事相談所』…?」
「そっちじゃなくてこっちです」
舞花の指している建物の向かいを指さす柳。
「あ、惜しいですね!」
「向かいの建物と間違えないでください」
はーいと口をとがらせながらホームの出口へと向かう舞花を再び嘆息と共に追う柳だった。





黒須町路地裏

町の路地裏にたむろする不良たち。そんなベタな光景をよく目にする黒須町だが、今日の路地裏は少しばかり、いや、かなり状況が違っていた。
まず、路地裏に不良たちは確かに存在した。だが座っているわけでも立っているわけでもなく、
吊るされて(、、、)いた(、、)。掌と頬を鉄パイプで貫かれ、ぶら下がっている、そう、ちょうどししゃものような形になっていた。字だけで見ると非常に滑稽に感じるが、その場にいた不良たちは滑稽どころの騒ぎではなかった。吊るされる仲間を見上げながら震え、足腰立たないといった様子の不良たち。だが、その中の誰一人として仲間を助けようと動くものは居なかった。
それどころではなかったのだ。何しろ、仲間を串刺しにした身長二メートルはあろうかという青色の肌の巨人がこちらを見ているのだから。
「うわぁぁっぁ!」
叫び声を上げ、不良の内のの一人が路地裏の出口へ向かって走り出した。
すると、青色の巨人はまるで赤ん坊の様な無邪気な笑い声を上げ、塀を踏み台にジャンプした。
あと少しで出口というところで、逃げ出した男の前に巨人が飛び降りる。
後一メートル程進めば踏み潰されていたであろう男はもんどりを打ちながら引き返した。
逃げる男を眺め楽しそうにしていた化け物は不意につまらなそうな表情で近くに張り巡らされていた排水管の一本を引き抜き、男に向かって投げた。
まるでプロ野球選手の剛速球の様な勢いで男に迫った排水管は男の肩を貫き、コンクリートの塀に突き刺さった。
肩を貫かれた男はそのまま声もあげずに気絶する。
地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない男を巨人がつかみ上げ、大きく口を開ける。
その時点で仲間の数人が巨人が何をするつもりか気づき、叫び声を上げる。
「逃げろ!」
しかし、一向に目を覚ます様子のない男を助けるため、まだ動くだけの余裕のあった数人が巨人にとびかかる。その行動だけで男たちがかなりの仲間意識の持ち主だということが分かるが、やはり体格差は如何ともしがたく、簡単に跳ね除けられてしまう。

再び大きく口を開けた巨人。が、その口は男の首を引きちぎることはもちろん、喋り出すこともなかった。巨人の気が変わったとか、実は仲良くしたいだけだったとかではなく。
単純に上から降ってきたレンガブロックが巨人の脳天に命中し、巨人がバランスを崩したという話だった。