頭に浮かんだ光景。
 それは、泣いている橘さんの隣に行き抱きしめている自分。
 俺には、それが出来なかった。
 ほんの少し勇気を出す事ができたのなら……
 あとほんの少し勇気が出す事が出来たのなら……

 俺にもそれが出来たのかも知れない。

 でも、俺が出来た事と言えば、テーブルを挟んで橘さんの頭を撫でる事だけだった。
 俺は、橘さんの涙が止まるまで頭を撫でた。

「ありがとう」

 橘さんは、そう言うとニッコリと笑った。
 店の人は迷惑そうな顔でこっちを見ている。
 少し気まずいな……

 俺は、そう思うと千円札を財布から取り出し橘さんの手を引っ張って外に出た。
 橘さんは、きょとんとした顔で俺の顔を見つめた。

「どこに行くのですか?」

 それは、こっちが聞きたい。
 俺が、この田舎で知っている場所……
 それは、自分の新しいマンションしかなかった。