「……そうだね」

出入り口の方へ顔を向けたままそう言った先輩の表情は見えない。
消え入るような、小さな声だった。


もう一度、心臓に細い針を刺したような微かな痛みが走る。
もし先輩もボクと同じように何かを不安に感じているとしたら、その【何か】は、何なのだろう。
考えても、ボクにはよく分からなかった。

美紗や先輩のように頭の良い人は、自分のことすら良く分からないボクなんかと比べて、色んなものが見えすぎて背負込むものが多いのかもしれない。


ゆっくりと振り返った先輩が、彼にしては珍しく、机の上に上体を投げ出すように姿勢を崩した。
顔だけくりっとこちらを向いた状態で、手は机の下にしまったまま、コテンと頭を机にくっつけてボクを覗き込む、その顔は――、


消え入りそうに不安を帯びたさっきの声からは想像もつかない、柔らかい微笑みを浮かべていた。