瀬名川洋服店は自然に囲まれた田舎の小さな専門店だった。
周りにぽつぽつと家屋はあるが住宅地もなく、静かに流れる小さな橋のかかった石波川という小川の近くにぽつんと建っていた。
その裏山にある神社にはお祈りをすれば運命の人を見つけることができるなどと噂があった。
嘘か本当かもわからないただの噂だ。
しかしそのせいか、 普段は人があまり通らない店に続く道も 休日は神社の近くで若者を見かけることが多くなった。
そんな、街から少し外れたこの店に客は来るのか…と問われれば全く来ないわけでもなかった。
何しろ周りに他に店がない。
繁盛とまではいかないが客足が途絶えたことはなかった。
常連客ばかりが集まるこじんまりした空間がそこにはあった。
この小さな専門店はそこに集まる人たちにとって、不思議な場所だった…。
瀬名川洋服店は外からみたら普通の山小屋のようだ。
だが扉を開けると店内はどこか近代的な雰囲気を匂わせていた。
真っ白な壁に刺さった釘にハンガーで掛けられた色とりどりの洋服。
すべて一点物で浩がデザインしたものだった。
赤いスカート、青いジャケット、桃色のセーター、黄色い靴、薄紫の帽子。
目に飛び込んでくる鮮やかな色合いで思わず着たくなるような若者向けのデザインの服が白い壁に映える。
中央には丸いテーブルがあり服を買わなくても訪れる客もいた。
まるで小さな美術館のような空間だった。
特別な何かを売っているわけでもない。ただの田舎の洋服店だ。
しかし知る人ぞ知る小さなこの美術館は常連客にとってはただの洋服店ではなかった。
そして浩にとってそこは
生まれ、育ち、そして生きていく場所だった。