中学校を卒業して一ヶ月も経たないうちに二人は高校へと入学し、地元にある同じ高校へと通うことになった。秋那の方が怡織よりも頭脳明晰だったが中学校は休みがちで授業にもあまり出席できず、最終的には怡織と同等程度の評価となってしまった。さらに選択できる高校も限られてしまい、結果として二人はまた同じ制服に袖を通し、そして同じクラスになるという偶然まで起きた。

 その一方で秋那の病状は目で見てもはっきり分かるほどまで悪化し、自力で歩くことが困難となり車椅子での生活を余儀なくされていた。

 怡織には秋那の病を治してやれる力はない。できることといえば、ただ秋那の傍にいることだけ。

 だから怡織は誰よりも率先して秋那の手助けをしようと常に秋那の傍にいるようにしていた。そんな怡織に秋那は車椅子の運転を任せ、二人の間には友情を越えた感情が芽生えていた。同級生や親友、恋人に向ける感情ではなく、それはもっと違う特別なもの。

 そして学校側からの配慮もあり、二年生に進級しても二人は同じクラスとなった。

 しかし、その年の初冬。何の前触れもなく秋那は突然倒れる。

 意識を失った秋那の顔は血の気が引いたように青ざめ、全身に痙攣を起こしていた。ふとその時、怡織の脳裏で病を告白した時の秋那がよみがえる。

 このまま秋那は死んでしまうのではないかと、怡織は一気に恐怖に駆られた。だが、そんな秋那を今助けられるのも目の前にいる自分しかいないのだと、怡織は自我を強く保(も)ち、震える手で携帯電話を持ち救急車を呼んだ。怡織も同乗し、秋那は病院へと搬送される。

 途中、車内で怡織は秋那を何度も呼び続けたが、秋那がそれに反応することはなく、救急車は病院へと到着し秋那を乗せた担架は救急搬入口から中へ運ばれ、二人は離ればなれとなってしまった。

 近くにいた看護師から廊下にある長椅子に座って待っているように促されたが一向に心は落ち着かなかった。

(もしこのまま秋那が・・・・・・)

 静寂に包まれた空間が考えたくもない最悪の事態を想像させる。

 そして秋那が搬送されてから一時間と経たないうちに、怡織の下に一人の女性が息を切らしながらやってきた。秋那のお母さんだ。目は真っ赤に充血してしまっていたが、お母さんは怡織に笑顔を向けた。

「ごめんなさい。俺が傍にいながら、こんなことに・・・・・・」

 怡織は声を震わせながらそう言った。そんな怡織にお母さんは近付くと、震える肩に優しくそっと手を置く。

「あなたがいてくれたから、秋那は今まで生きてこれたのよ」

「俺は、そんな大したことなんて・・・・・・」

「あの子には言ってないんだけど、産まれた時にね、長くは生きられないだろうってお医者さんに言われていたの。でもあの子は十六年も生きてこれた」

「・・・・・・」

「学校から毎日帰ってくるとね、凄く楽しそうに怡織君のことを話してくれるの。自分が病気だなんて範疇にないくらい楽しそうにね」

「・・・・・・うっ・・・・・・」

 言葉にせずとも、秋那は怡織の想いをちゃんと受け取っていたのである。それを知った怡織は嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 それは悔し涙ではなく、嬉し涙だった。





 それから二日後。秋那は病院のベッドの上で目を覚ました。

 意識もはっきりとしており、病状も安定していたことから既に退院も視野に入っていた。

「ねえ怡織。炭酸ジュース飲みたいから買ってきてよ」

 見舞いに訪れた怡織に対して言った秋那の第一声はこれだった。

「ばーか、病人がそんなもん飲むな。水なら買ってきてやるよ」

「怡織の意地悪!」

 学校で倒れた出来事が些細なことであったかのように、二人は以前と同じようにまた笑い合う。

 些細なことだと思ってしまうほどに、二人の信頼は強く、そして絆は固いものとなっていた。それはまるで家族のようなーー。

「怡織・・・・・・ありがとう」

「え?」

 秋那は突然そう言った。

「何だよ、いきなり」

「色々だよ。怡織には凄く感謝してるから、言っておかなくちゃと思って」

「そ、そうなのか?」

 怡織は急に気恥ずかしくなってきて、どんな顔をしていいのか分からず秋那に背を向けた。

「うん。だから・・・・・・ありがとう、怡織」

 秋那から「ありがとう」と言われたのは久々で、だからこそ怡織は嬉しかった。

 振り返りまた秋那と目を合わせると、秋那は満面の笑みを怡織に向けていた。





 その晩。秋那は静かにその鼓動を止めた。