「野蛮なファル。黄金族人間の王子。偉大なる王ダグダの嫡男とは思えない振る舞い」
「白金族人間の攻め込みに手を焼いているのね。ケシアの都が攻め落とされたとか。王子ファルの指揮が悪くて、軍が壊滅したとか」
「黙れ!」
苛立たしげに金色の瞳を光らせ、ファルは金の針に変えた草を、プッと吹いた。
黄金の針は、消え去った妖精を捕える事など出来ずに、ポトリと土に落ちた。
光りながら落ちていく黄金の針を見つめ、ファルは唇を噛みしめた。
そうだ、俺のせいだ。
俺のせいで最北の都市ケシアが攻め落とされたんだ。
そう、天敵である白金族人間に。
幼馴染のアルゴもジュードも、弟のように可愛がっていたロイザも、敵軍の中に埋もれて消え、消息が掴めないままである。
率いた軍が散り散りになったのは、自らのせいだと責めずにはいられない。
黄金族人間の王であり、父でもあるダグダは、ボロ布のようないでたちで帰路についた王子を一瞥すると、何も言わず、戦略を練る為に側近を連れて立ち去った。
ファルは父王ダグダの雄大な後ろ姿を、ただただ唇を噛みしめて見送る他はなかった。
父王ダグダはファルの憧れである。
ダグタは誰よりも勇敢で、誰よりも強い男であり、王の中の王である。
彼の武器は、荒れ狂う雄牛をひとふりで倒せる刃付きの棍棒で、そんな巨大な棍棒を片腕で自由自在に振り回せるのは、ダグダしかいなかった。
ファルは、そんな父王ダグダの去った後の風を感じながら、その場に立ち尽くした。
そんな昨日を思い返しながら、ファルはくっきりとした唇にわずかに力を入れ、グッと立ち上がった。
これからどうするか。
やがて勢力を増すであろう白金族人間を、何としてでも食い止めなければ、我ら黄金族人間に未来はない。
戦うしか道はないのだ。
止まっている暇はない。
ファルは歩き出した。
エリルの森の柔らかな風が、彼の金色の前髪を、サラリと揺らした。
アイーダは急いで姿を現した。
たった今、黄金族人間の王子ファルが唇に含んだ一本の細い草を、必死に探した。
黄金が欲しいからではない。
彼が所有した物が欲しいのだ。
アイーダは、王子ファルに心を奪われていた。
最初に彼を見たのは、数年前である。
偶然にもこのエリルの森で、武術の稽古中であった彼の姿が目にとまった。
数名の青年の中で、一際異彩を放つ王子ファルに、一目で恋に落ちたのである。
逞しい体つきと、顎から首にかけての男らしい線、強い意志を感じる眼差しに、清潔そうな口元。
また、武術の腕前もかなりのものである。
剣を交える度に額からこぼれ落ちる汗がキラキラと飛び散り、アイーダはその眩しさに思わず眼を細めて息をのんだ。
やがて剣をおさめた青年達は、互いの腕前を称え合い、肩を抱き合うと、耳に口を寄せて何かを話し、弾けるように笑った。
王子ファルの無邪気な笑顔に、アイーダはドキリとし、思わず自分の胸に手を当てた。
自分の鼓動があまりにも大きくなってしまい、あたりに響きわたりそうに思えたのである。
そしてそんな自分を恥ずかしく思い、うつむいた。
何と素晴らしい男だろう。
美しさと強さ、時折見せる無邪気な笑顔。
あの、逞しい腕に抱かれ、厚い胸に顔を埋めて愛を語らいたい。
そんな幸せな女は、自分であって欲しい。
アイーダは王子ファルとの出会いを嬉しく思った。
だが、次の瞬間には、絶望の闇が身体中に広がった。
自分は、魔性だ。
かつては人間であったが、悪の女神に殺され、生まれ変わる事を許されない魔性としてさ迷う運命を背負わされたのである。
唯一悪の女神が許したのは、人を愛する事であった。
だがそれは、同時に永遠に成就出来ない恋を背負う事でもある。
それでもアイーダは、女神に殺されて初めて幸せだと思った。
王子ファルを愛してしまった。
彼を、自分のものにしたい!
その唯一の方法を、彼女は知っているのだ。
昔、人間だった頃に自国に伝わる伝説を、アイーダは信じていた。
…何処にいる、七色の瞳を持つ乙女。
七色の瞳の乙女は、どんな願いも叶える力を持っているのだ。
それゆえに、私利私欲にまみれた数多くの者達にその存在を狙われる。
見つけなければならない。
アイーダは、足元にキラリと光る一本の針を見つけて、ニヤリと笑った。
拾い上げると、ふっくらとしたバラ色の唇にそれを押し当てて眼を閉じた。
何としてでも見つけるのだ、七色の瞳の乙女を。
生き返り、この恋を成就させる為に。
アイーダは、腕にはめたユグドラシルの樹で作られた腕輪をシャラリと揺らし、徐々に透明になるとその美しい姿を消した。
神崎シオンは女子トイレの鏡を覗き込んでいた。
会社の同僚に『眼の色が変だ』と言われたのである。
シオンはため息をついた。
…困ったなぁ…。
今日は寝過してしまって、コンタクトレンズを入れ忘れた。
瞳の色がコロコロ変わるシオンにとって、黒色のコンタクトレンズは必須アイテムなのだ。
どうして私の瞳は、色が変わるんだろう。
小さいころはそれが変だなんて、微塵も感じなかった。
喜怒哀楽を感じる度に、瞳の色が変わっていたことを知っていたのは、自分と両親だけであった。
何度も病院で検査したものの、なんの異常も認められなかった。
それどころか、視力は常に人並み以上である。
眼に異常がないと分かると、両親は安心し、あっけらかんとシオンにこう言った。
「異常がなくて良かったじゃない。それどころかさ、瞳の色が一色じゃないなんて珍しいしぃ!」
「いやぁ全くだよ。シオンに何かあったら、パパ、泣いちゃうからね。シオンの眼の色なんてどんな色でもいいさ!見えてるんだからさー」