「うん」
 
怒るでもなく、呆れるでもなく、彼は屈託なく笑ってみせる。

「バレないように、口数減らしてみたんだけど」

「解るって、雰囲気で……ってか、ぱっと見、気づかなかったけど」
 
伊津くんは、あたまの後ろをかきかきする。
 
その時、ふと伊津くんの携帯の着信音が鳴った。
 
彼は制服のポッケからそれを取り出して開く。

「南生ちゃん、さっきの待ち合わせ場所にいるって。戻ろうか」

「――うん。南生、今日、日直らしいから約束の時間に遅れたんだと思う」

「いや、時間ぴったりだよ。玖生ちゃんと僕が来るのが早かったんだ」
 
そう言って伊津くんはくるりと向きを買え、今来た道を戻っていく。
 
もう私の手を握ったりはしない。
 
私は玖生なのだ。同じ顔をしているけれど、南生ではなく、玖生なのだ。
 
伊津くんは私のものではないのだ。

「玖生ちゃんも、行こう? 紅茶、好き?」

「甘くないものなら」