「今ここが、向こう側なの?」

「そ。俺たちの足先にあるのが、生き辛い現世で」
 
生き辛い現世。私はその言葉をしっかりと胸で受け止めた。

「森村くんみたいなひとでも、生き辛いと思うことがあるの?」
 
後にして思えば、何とも失礼な発言だった。けれど、飄々とした身なりの彼からそんな言葉が放たれたので、私は聞き返さずにはいられなかった。

「思わない」
 
私の妙な期待とは裏腹に、彼は自分で放った言葉を否定した。
 
私はこころのどこかでがっかりとしていた。気がつけば、私の涙もどこかへ行ってしまっていた。

「思わない。生き辛いなんて思わない。けど――」

「けど?」
 
彼は腹式呼吸でその細いお腹を膨らませ、澄んだ空気を大きく吸い込むと、ため息のように息を吐き出しながら続けた。

「大空はこんなにも自由なのに。そう思うと、じゃあ俺は自由じゃないのか、って感じてしまう」