直ちゃんが話し終わったときには、ずいぶんと遅い時間になっていた。
もう電車も走っていない。

わたしは「帰る。」と言って立ち上がった。
頭が混乱してしまっていたので、早く眠りたかったのだ。

「みーちゃん、泊まっていき。何もせえへんから。」と直ちゃんも立って言った。
「りゅうもおれも、こっちにおるから。」と、隣の部屋へ行くように促す。

ぜったいにいやだった。
隣が寝室だとしたら、そこで何があったのか、直ちゃんが章子さんとどういう風に時間をすごしているのか、想像するだけで涙が出てきた。

直ちゃんが悪いわけじゃない。
一生懸命生きて、一生懸命誰かを愛しているだけだ。
みんなが言った姿とぜんぜん違って、やっぱり直ちゃんは直ちゃんだった。

きらいになったわけじゃない。
本当のことを知ってしまっても、きらいになることはできなかった。

それどころか、直ちゃんの不器用な生き方を聞いているうちに、
とても不思議な感情が心のうちに沸いてきた。
重い、甘い、泥のようなものが、心臓に満ちていくのがわかった。

この人が好きだ。

今までのように、ただ憧れるだけじゃなくて、
弱みをさらけ出すこの人を、心から愛しいと思った。

わたしの本当の恋と、失恋は同時にやってきたのである。

兄は一度、「お前はアイドルを追っかけとるのと同じや。」と言ったことがある。
今、その意味が痛いくらいわかった。遅いよ。

「帰る。」と、ふらふら玄関に向かうわたしの肩を、
直ちゃんがつかんだ。

「みーちゃん、もう電車ないし…。」

言いかけた直ちゃんの手を振り払った。
わたしが直ちゃんを拒んだのは、これが初めてのことだった。

「しゃあないな。送っていったろ。」と、りゅうさんが立ち上がる。

「今日車で来てるんか?」

「おうよ。な、みーちゃん、おれと二人でいいとこ行こ。」と、軽くわたしの肩を抱く。
わたしは今度はその手をほどいたりせず、りゅうさんの体に隠れるようにして泣いた。

「りゅう!」

「わかっとる。ちゃんと送る。心配せんで待っとれ。ほら、行くで。」

りゅうさんに抱きかかえられるようにして部屋を出て、
公園のそばに路上駐車していた車に乗せてもらった。

直ちゃんの顔は見なかった。